交通事故で高次脳機能障害を負われたご本人とご家族の皆様へ
はじめに
事故後に医師から「高次脳機能障害」という聞き慣れない病名を告げられ、おそらく将来に対する不安と心配は尽きないものとお察しします。
被害者ご本人やご家族の皆様は、
「高次脳機能障害とはどんな病気なのか?」
「症状は治るのか?」
「親身に相談に乗ってくれるところはないか?」
「どのような補償・賠償・公的サービスが受けられるのか?」
「弁護士はどの場面で頼めば良いのか?」
など様々な疑問を持たれるのではないでしょうか。
適切な治療とリハビリテーションを受けることで、高次脳機能障害の症状が大きく改善されると言われています。また、行政や支援団体の支援を受けることで、ご家族の介護や精神的負担が軽くなったり、ご本人が学校や職場に復帰できるケースもよくあります。不幸にしてご本人に重い症状が残ってしまった場合には、将来のために適正な補償や様々な公的サービスを受ける必要もあります。
当ページは、ご本人とご家族が「本当に知りたいこと」と「ぜひとも知っておいていただきたいこと」を、8つのテーマ毎に、弁護士清水智が分かりやすく解説します。当ページの記事を読まれて、将来に対する皆様の心配や不安が少しでも解消されれば幸いです。
<作成日:2019年8月3日 最終更新日:2022年11月9日>
<当ページの目次>
高次脳機能障害とは何か?
高次脳機能障害の症状と特徴を知りたい方へ
症状は治るのか?
治療やリハビリの内容、効果、注意点を知りたい方へ
誰に相談すればよいのか?
相談窓口と支援団体の役割を知りたい方へ
どんな補償を受けられるのか?
補償・賠償や公的給付(サービス)の種類と内容を知りたい方へ
補償の手続はどのように進んでいくのか?
交通事故から補償までの流れと注意点を知りたい方へ
弁護士は何ができるのか?
弁護士の役割と依頼するタイミングを知りたい方へ
どのくらいの賠償・補償を受けることができるのか?
自賠責保険や任意保険の金額を知りたい方へ
家族は何をすべきか?
ご本人のために家族ができることを知りたい方へ
当事務所について
当事務所の実績と弁護士費用について説明します。
高次脳機能障害の裁判例・研究
高次脳機能障害の裁判例と研究を紹介します(随時更新)。
診断書式・必要書類
各種手続に必要な診断書式です(ダウンロード可能)。
1 高次脳機能障害とは何か?ーその症状と特徴ー
「高次脳機能障害」という病名を、事故後に初めて知った方も多いと思います。そこではじめに、「高次脳機能障害」とは何か? について解説します。
ご家族や身近な方が、交通事故や労災事故で、頭部に衝撃を受けると、「忘れっぽくなった」「集中力が続かない」「勉強が苦手になった」「怒りっぽくなった」「疲れやすくなった」など事故前と様子が変わってしまうことがあります。ご本人の事故後の症状は、「脳外傷による高次脳機能障害」 の可能性があります。
「高次脳機能障害」 とは、言語や行為、知覚、認知、記憶、注意、判断、情動など大脳で営まれる様々な機能(これを「高次脳機能」 といいます。)が障害されることです。
交通事故や労災事故などで「頭部に衝撃を受ける」と、こうした大脳で営まれる様々な機能が低下し、認知障害、行動障害、人格障害などの多彩な精神症状が現れることがあります。
(1) 高次脳機能障害とは
脳の機能は「一次機能」 と「高次脳機能」 とに分けられます。
「一次機能」 とは、「目を通して脳が光を感じる」といった五官を通して知覚する機能(知覚機能)と、手足などの身体を動かす機能(運動機能)を指します。
これに対し、「高次脳機能」 とは、視覚や聴覚といった一次機能を連合して、それまで蓄えた知識・記憶と関連づけて理解すること(認知 )、言語で説明すること(言語 )、新たに記憶すること(記憶 )、目的をもって行動に移すこと(行動・遂行 )、さらに社会的な行動ができること(人格・情動 )などの「一次機能より高次の」様々な能力を指します。
「高次脳機能」は、高齢や病気など様々な理由で失われたり低下したりしますが、脳に何らかの外力・衝撃が加わって、脳が器質的に損傷 したことにより「高次脳機能」が障害されることを、とくに「脳外傷による高次脳機能障害」 と言います。
典型的には、交通事故 や労災事故 で発生します。「器質的に損傷した」 とは、わかりやすく言うと、「物質的又は物理的に傷ができた」という意味です。
「脳外傷」 は、「外傷性脳損傷」 とか「頭部外傷」 とか、別の名前で呼ばれることもあります。
「脳外傷」 の中には、1)頭蓋骨骨折、2)局所性脳損傷(急性硬膜外血腫、急性硬膜下血腫、脳挫傷、傷性脳内出血)、3)びまん性軸索損傷が含まれます。
以上に対し、脳の器質的損傷をMRIやCTなどの画像検査では確認はできないけれども、交通事故による怪我などをきっかけに、記憶障害や知的障害などの精神症状が残ることを「非器質性精神障害」 と言います。
非器質性精神障害は、症状が重くても将来大幅に改善する可能性があるという理由で、後遺障害として認められにくい傾向にあります。
=弁護士コラム「局所性脳損傷とびまん性脳損傷」=
「脳外傷」(「外傷性脳損傷」や「頭部外傷」と呼ぶこともあります。)は、傷の範囲によって「局所的な脳損傷」と「びまん性脳損傷」とに分けられます。
「びまん性」とは分かりにくい言葉ですね。「びまん性」とは、つまり「全般的な」「全体的な」という意味です。
「局所的な脳損傷」による障害は、「巣症状」とよばれる、損傷した部位が担当する脳機能の障害として現れることが多いと言われます。例えば、ブローカ領域が損傷されると、「聞いて理解することはできるが、話すことがうまくできず、ぎこちない話し方になる」というブローカ失語が現れることがあります。
これに対し、「びまん性(つまり全般的な)脳損傷」の場合、皮質間の神経ネットワークが広い範囲で破壊された結果、認知障害や情動障害を含む全般的な情動・人格の障害として現れます。これは、多くの高次脳機能が、脳の広い範囲に分散する神経ネットワークを基盤として働いていると考えられるからです。
(2) 高次脳機能障害の症状
さて、高次脳機能障害は、具体的に、どのような症状として現れるのでしょうか。
「脳外傷による高次脳機能障害」は、記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などの多彩な症状 として現れ、多かれ少なかれ、仕事や日常生活に支障を来します。
交通事故等をきっかけに、以下の症状が現れたときには、「脳外傷による高次脳機能障害」の可能性があるので、専門の医療機関で詳しい検査を受けることをお勧めします。
① 記憶障害
<具体的症状>
事故前の出来事や体験を思い出せない。
事故後、新しいことを覚えることができない。忘れてしまう。
事故後、学力が低下した。勉強ができなくなった。
電話番号や住所のような少量の情報を覚えることができない。
一般的な知識や情報の意味が分からない。思い出せない。
「記憶」とは、個人的な体験やエピソード、知識、行為、手続など、あらゆる体験を脳が処理できる形に符号化し、貯蔵し、取り出す機能の総体です。
高次脳機能障害は、様々な記憶障害として現れることがあります。
1)前行性健忘
いわゆる受傷後の学習障害です。受傷後の新しい情報やエピソードを覚えることが困難になります。
2)逆行性健忘
受傷前の記憶の喪失、特にエピソードや体験に関する記憶の想起が困難になります。
② 注意障害
<具体的症状>
ボーッとして、周囲の呼びかけに返事をしない。
周囲の音や話し声で気が散って、集中できない。
探し物を見つけられない。
集中や注意が長く続かない。
1)全般性注意障害
人間の意識は、覚醒状態において、外界から入ってくる多くの情報や、記憶の想起や思考などの様々な内的な事象に晒され続けています。注意は、この中から適切な情報や事象を選択してこれに意識を集中したり、意識の焦点を切り替えて別の情報や事象に柔軟に移動させることです。
注意は、対象を認知したり、言語や記憶、思考をはじめとする高次脳機能を有効に働かせるために、必要不可欠な神経機能であり、これが障害されると日常生活に大きな支障を来すことになります。
2)半空間無視
脳損傷の反対側の空間において刺激を見落とすことをはじめとした半側無視行動が見られます。右半球損傷(特に頭頂葉損傷)で左側の無視がしばしば認められます。
③ 遂行機能障害
<具体的症状>
計画や見通しを立てて行動することが苦手になった。
同時に複数の作業を行うことができない。
行動の優先順位を決められない。
約束の時間に間に合わない。
行き当たりばったりの行動が増えた。
一つ一つを指示されないと行動に移すことができない。
突発的な出来事や予想外の出来事に柔軟に対処できない。
遂行機能とは、言語、行為、対象の認知、記憶など、ある程度独立性を持った高次脳機能を、制御し統合する「より高次の」機能です。
具体的には、自ら目標を定め、計画性を持ち、必要な方法を適切に用いて、同時進行で起きる様々な出来事を処理し、自己と周囲の関係に配慮し、臨機応変に柔軟に対応し、長期的な展望で、持続性を持って、行動することです。
遂行機能は、「前頭葉機能」 と同じ意味で使われることもあります。
遂行機能の障害は、知能検査や記憶検査の結果が正常であっても、社会生活や職業にうまく適応できないという形で現れることがしばしばあります。
④ 社会的行動障害
<具体的症状>
意欲、自発性の低下。
依存的になった。
イライラしやすい。すぐに怒る。暴力を振るう。
思い通りにならないと、大声を出す。
自己中心的になった。
対人関係が苦手になった。
こだわりや固執が多くなった。
「脳外傷による高次脳機能障害」は、様々な社会的行動障害として現れることがあります。
1)意欲、自発性の低下
意欲がなくなり、自発的な活動が乏しく、一日中家でゴロゴロしているような状態です。意欲、自発性が低下した結果、看護者や家族に依存的になることも見られます。
2)易怒性、感情コントールの困難
自己中心的で、些細なことでイライラしやすくなり、感情をコントロールすることが困難になります。突然興奮して大声で怒鳴ったり、看護者に対する暴力などの反社会的な行動が見られることがあります。
3)対人関係の障害
急な話題転換についていけなかったり、相手の発言をそのまま受け止めてしまうなど対人関係が苦手になります。
4)こだわり、固執
執着が強く、一つの物事に強くこだわるようになります。
⑤ 疲れやすい(易疲労性)
脳外傷による高次脳機能障害の症状として非常に多く見られます。私が担当した案件でも、疲れやすくなったという症状を訴える方がたくさんいました。
神経疲労つまり脳が疲れやすくなるのは、損傷した脳(神経)が受傷前と同じ働きをするのにより多くのエネルギーを必要とすると考えられているからです。
⑥ 二次的な不適応状態・うつ
脳外傷による高次脳機能障害の症状そのものではありませんが、受傷前には容易にできたことができなくなってしまい、自信を喪失したり、対人関係や仕事で失敗を繰り返して家族や社会との関係がうまくいかなくなった結果、二次的な障害ともいうべき不適応状態やうつ症状を生じることがしばしばあります。
脳外傷後のうつの発生率は高く、受傷から2~3年後に発生することが多いと言われています。
(3) 高次脳機能障害の特徴
続けて、高次脳機能障害の特徴と、他の障害にはない特有の問題点を見ていきましょう。
① 見過ごされやすい障害
受傷間もない急性期では、救急救命や合併した他の傷害の治療も並行して行われることもしばしばです。また、病院での入院生活では、注意や遂行機能といった高次脳機能を使う場面がそれほど多くありません。
そのため、医師もご家族も、ご本人の高次脳機能障害に気づかない ことがあります。
ところが、家庭生活や学校、職場では、入院時よりも高度な能力が求められますので、ご本人が退院して日常生活に戻った後に、初めて家族が高次脳機能障害に気づくというケースがしばしばあります。
また、医療機関で行った知能検査や記憶検査の結果は「正常」でも、遂行機能が障害され、社会生活や職業にうまく適応できなくなってしまうことも珍しくありません。つまり、「ぱっと見、障害があるようには見えない」「一見しただけでは障害がわからない」ということです。
このように、高次脳機能障害は、見過ごされやすく、社会生活や学校生活に戻ってみないと症状が顕在化しにくい という特徴があります。
=弁護士コラム「高次脳機能障害に関する支援の取組み」=
近年、救命医療が発達したおかげで、かつては死亡に至るような重大な交通事故でも、一命をとりとめて退院できるまでに回復するケースが増えました。
それに伴い、脳外傷による高次脳機能障害が残存するケースも増えていったのですが、25年ほど前には「高次脳機能障害」という障害は、ほとんど知られていませんでした。
重篤な脳外傷を負っても、理学療法などのリハビリテーションを続けて身体機能がある程度回復すると、医師から「治ったから退院してよい」と診断されて退院するのです。
死亡しても不思議ではないような大怪我をしたのに、退院できると聞いて、家族は喜んでご本人を家に迎え入れます。ところが、家に戻ってしばらくすると、以前のご本人と様子が違うことに気付くのです。
事故前にはできていたことができなくなったり、物忘れが多くなったり、些細なことで怒りっぽくなったり、やる気がなくなったり、といった具合です。
ところが、医師からは「治った」と言われているため、どこにも相談できず、医療や行政からの支援も受けられないまま、ご本人や家族は大きな悩みを抱え、社会から取り残されてしまうケースがかつて多く見られました。
症状が重篤だと家族も早期に異変に気づきやすいのですが、症状が「疲れやすい」「意欲の低下」「遂行機能障害」といった症状だと、家族もなかなか気づくことが難しく、かえってご本人を「やる気がない」とか「事故のせいにして甘えている」、「気合が足りない」などと責めてしまうこともありました。
このような悩みを抱えたご本人や家族が集まり、「高次脳機能障害」という「見過ごされやすい障害」を、医療や福祉、行政の分野を中心に、世の中に広く認知してもらうための啓蒙・広報活動や、患者ご本人や家族を支援するための活動に取り組みはじめ、こうした活動が全国に広がりました。
北海道でも、子どもの交通事故の後遺症で悩む母親達が、平成11年2月に家族会「脳外傷友の会コロポックル」を設立し、当事者と家族を支援したり、作業所でリハビリテーションを兼ねた就労環境を提供したり、交流会や会報などを通して交流や情報提供を行ったり、専門家を招いて講演会や勉強会を開催したり、当事者や家族が置かれている状況を改善すべく医療機関や行政に働きかけをするなど、幅広い活動を精力的に行っています。ちなみに、筆者も、顧問弁護士として活動をお手伝いしています。
「脳損傷友の会コロポックル」のホームページ
そして、医療や行政、福祉の分野に、高次脳機能障害という概念が次第に広まっていき、現在では、「高次脳機能障害」が「見落とされやすい」という特徴も含めて広く認知されてきました。
② 出現する症状が不規則で多様
脳卒中は、脳の特定の部位に損傷が起こりやすく、片麻痺、失語、半側空間無視など目に見える障害を生じやすいと言われています。
これに対し、脳外傷のように頭部に衝撃を受けて脳が損傷した場合、損傷が脳の広範囲に、つまり「びまん的」に及ぶことが少なくありません。画像診断に現れた損傷部位だけでは説明しきれないほど重篤な症状が現れることもあるし、逆に損傷された範囲が広いにもかかわらず症状が比較的軽微なときもあります。
③ 社会生活に重大な支障を来しやすい
高次脳機能障害は、IQや記憶に大きな低下がない場合でも、遂行機能傷害や社会的行動障害として現れることがあり、社会生活(学校や職場)への適応が難しくなる場合があります。
その結果、不登校や引き籠もりがちになると、ご本人はもちろん、同居するご家族にとっても深刻な状況となります。
④ ご本人の病識・症状の自覚が乏しい
私が担当した案件では、外傷性脳損傷による高次脳機能障害を負ったご本人自身には、症状についての自覚がない、あるいはあまりない、という方をときどき見かけます。
ご本人が病識に乏しいと、医療機関への受診やリハビリテーションを拒否したり、家族の助言や声かけに素直に応じなかったり、介護や介助を拒否するなどの傾向が強いため、家庭生活や社会生活に深刻な支障を来すことがあります。
=弁護士コラム「ご本人に病識が乏しいとき、ご家族の苦労は計り知れない」=
私は、かつて、脳外傷による高次脳機能障害にまつわる離婚案件を担当したことがありました。
自営で働く夫は、高所作業中に落下し、外傷性脳損傷を負い、事故後、忘れっぽくなり、また些細なことで怒り出して暴言を吐くようになったのです。さらに飲酒量をコントロールできなくなり、毎晩多量の飲酒をして酔っ払っては妻に怒鳴り散らすという日々が続きました。
そこで、妻が、高次脳機能障害ではないかと疑い、夫に医療機関への受診を勧めたのですが、夫は「後遺症などない。俺は何ともない」と言い張り、妻の声掛けや助言に耳を貸そうとはしませんでした。
妻が粘り強く説得したおかげで、夫は渋々病院を受診すると、高次脳機能障害と診断され、労災保険の後遺障害7級3号に認定されました。
夫は、それでもなお高次脳機能障害と診断された事実を受け容れることができませんでした。
妻の助言に全く耳を貸さず、逆に「うるさい!」と言って怒り出し、多量の飲酒を続けて暴言を浴びせる日々が続いたことから、耐えられなくなった妻は、夫と別居を決意し、ご夫婦は最終的に離婚することになりました。
このように被害者ご本人には、しばしば病識がなく、症状の自覚がないことがあります。そうなると、同居するご家族の精神的な負担とストレスはかなり大きいものになり、家族崩壊の危機に瀕するおそれもあります。
医療機関での受診と医師による診察の結果、高次脳機能障害と診断されることは、ご本人にとっては受け容れがたい事実でしょう。しかしながら、他方で、ご本人の症状に対する自覚を促すことにもつながり、家族の声かけやアドバイスに素直に応じるようになるというプラスの効果もありますので、ご家族がご本人の症状に気づいたときには、速やかに医療機関での診察を受けることをお勧めします。
(4) 高次脳機能障害と認められるためには(診断基準)
交通事故や労災事故の後に、記憶、注意、遂行機能などの低下がご本人に現れたとしても、直ちに「高次脳機能障害」と診断されるわけではありません。
そこで、「高次脳機能障害」の診断基準(認定基準)をご説明します。
① 厚生労働省の診断基準(行政的診断基準)
医療機関で一般的に採用されている診断基準は以下のとおりです。これは厚生労働省が作成した「行政的診断基準」と呼ばれるものであり、この基準に基づいて「高次脳機能障害」と診断された方は、等級や区分に応じて、様々な行政サービスを受けることができます。
これらのサービスには、居宅介護、生活介護、短期入所(ショートステイ)、施設入所支援、自律訓練などのほか、就労支援も含まれます。
行政サービスの詳しい内容はこちら|厚生労働省ホームページ
国立障害者リハビリテーションセンターの「サービス図」
<厚生労働省の診断基準>
主要症状等
1.脳の器質的病変の原因となる事故による受傷や疾病の発症の事実が確認されている。
2.現在、日常生活または社会生活に制約があり、その主たる原因が記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などの認知障害である。
検査所見
MRI、CT、脳波などにより認知障害の原因と考えられる脳の器質的病変の存在が確認されているか、あるいは診断書により脳の器質的病変が存在したと確認できる。
除外項目
1.脳の器質的病変に基づく認知障害のうち、身体障害として認定可能である症状を有するが上記主要症状(I-2)を欠く者は除外する。
2.診断にあたり、受傷または発症以前から有する症状と検査所見は除外する。
3.神経心理学的検査の所見を参考にすることができる。
診断
1.I~IIIをすべて満たした場合に高次脳機能障害と診断する。
2.高次脳機能障害の診断は脳の器質的病変の原因となった外傷や疾病の急性期症状を脱した後において行う。
3.神経心理学的検査の所見を参考にすることができる。
なお、診断基準のIとIIIを満たす一方で、IIの検査所見で脳の器質的病変の存在を明らかにできない症例については、慎重な評価により高次脳機能障害者として診断されることがあり得る。
また、この診断基準については、今後の医学・医療の発展を踏まえ、適時、見直しを行うことが適当である。
この診断基準のポイントは、交通事故などによる頭部外傷だけでなく、脳血管疾患などの病気による場合も広く含まれる点です。反面、MRI、CTなどで脳の器質的病変(損傷)が確認できることが必要となります。
② 自賠責保険の認定基準
①の「厚生労働省の診断基準」と比べて、自賠責保険における高次脳機能障害の認定基準は、より厳しい(ハードルが高い)ものとなっています。
これは、厚生労働省の診断基準が、高次脳機能障害を負った方に行政的支援策を広く提供するため、比較的緩い基準とされたのに対して、自賠責保険においては、あくまでも交通事故による脳外傷が原因でなければならず、しかも自賠責保険が加害者の損害賠償責任を前提としているため、交通事故の加害者や保険会社も納得できるよう、厳しい認定基準となっている、と説明されています。
このため、医療機関で「高次脳機能障害」との診断を受けても、自賠責保険では「高次脳機能障害」と認定されず、後遺障害として認められないケースが出てくるのです。
<自賠責保険の認定基準>
自賠責保険で「脳外傷による高次脳機能障害」との認定を受けるためには、おおむね次の4点が認められることが必要です。なお、この基準は、「自賠責保険における高次脳機能障害の認定システム」の考え方を、分かりやすく要約したものです。
症状の残存
記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などの症状が残ったこと。
意識障害
受傷時に一定時間の意識障害があったこと。
画像所見
CTやMRIで器質性脳損傷を示す画像所見が認められること。
交通事故との因果関係
発症時期が交通事故と近接していること。
詳しい内容はこちら をご覧ください。
③ 裁判所の認定基準
②の自賠責保険の認定に対して不服があるときには、民事裁判を起こして裁判所の判断を仰ぐことができます。裁判所の判断は強力であり、自賠責保険の認定を変更することもできます。
もっとも、近年の傾向として、裁判所も、自賠責保険の認定基準とほとんど同じ基準を採用して、「脳外傷による高次脳機能障害」を認定しています。
ですから、意識障害も画像所見も認められないケースでは、記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などの症状が残ったとしても、「脳外傷による高次脳機能障害」が認められない可能性が高いでしょう。
(5) まとめ
ここまでは、「高次脳機能障害」の症状や特徴、診断基準を説明してきました。「高次脳機能障害」の症状は多様であり、特に遂行機能障害や社会的行動障害は、社会生活(学校・職場)に深刻な影響を及ぼすことがあります。
そこで、次に、「元の生活に戻れるのか?」「リハビリを受ければ社会復帰できるのか?」「社会復帰を果たすためには、どこに相談すれば良いのか?」を説明いたします。
2 症状は治るのか?ー適切な治療とリハビリテーションー
脳外傷による高次脳機能障害を負ったご本人とご家族にとっては、職場復帰や復学をはじめとして「元の生活に戻れるのか?」 ということが最も知りたいことだと思います。
ここでは、高次脳機能障害に対するリハビリの内容と効果をご説明します。
(1) リハビリテーション(訓練)の内容
高次脳機能障害のリハビリは、一体どのような内容なのでしょうか。
「リハビリテーション」という言葉を聞くと、一般的に、歩行訓練などの身体的なリハビリを思い浮かべると思います。しかし、高次脳機能障害のリハビリテーション(訓練)は、もっと広い概念であり、大きく3つの段階で進みます。
① 医学的リハビリ
② 生活訓練
③ 職業訓練
① 医学的リハビリ
医学的リハビリは、個々の症状の改善を目指して、医師の指示の下で行われます。
高次脳機能障害は多彩な症状を特徴としますので、症状の内容と程度を適切に評価した上で、記憶訓練、注意プロセス訓練、遂行機能訓練など、症状に合わせて様々な訓練を実施します。
国立障害者リハビリテーションセンター・高次脳機能障害情報・支援センター|医学的リハビリテーションプログラム
② 生活訓練
生活訓練は、ご本人の日常生活能力や社会活動能力を高め、日々の生活の安定と積極的な社会参加ができるようになることを目的とします。生活リズムの確立、生活スケジュールの自己管理、対人技能などの訓練、家族に対する支援などを実施します。
生活訓練の中には、ご本人に対する直接的な訓練だけでなく、ご家族への働きかけを含めた環境調整も含まれます。
国立障害者リハビリテーションセンター・高次脳機能障害情報・支援センター|生活訓練プログラム
③ 職業訓練
最終的な就労を目指します。可能な業務や就労に向けた課題を明らかにした上で、技能講習や就労支援を行います。
職業訓練の流れは、
就労に関する相談
職業訓練
就職先の紹介
就労後の定着支援
となります。
就労支援を提供する機関には、様々なところがありますので、代表的なものを紹介します。
1)公共職業安定所(ハローワーク)
職業安定法に基づき厚生労働省が運営しており、障害を持った方のために、専門の職員・相談員を配置して、就労に関する相談、職業訓練、就職先の紹介、就労後の定着支援まで、幅広く就労支援を行っています。
厚生労働省のホームページ|ハローワーク
2)地域障害者職業センター
独立行政法人「高齢・障害・求職者雇用支援機構」が運営しており、専門の研修を受けた障害者職業カウンセラーが、職業の能力を評価する「職業評価」や、適切な職業選択を行うための助言である「職業指導」などを行います。
独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構のホームページ|地域障害者職業センター
3)障害者就業・生活支援センター
都道府県知事が指定する公益法人や社会福祉法人などが運営する機関で、障害や難病を持つ方の就労や日常生活に関する相談や支援を行っています。全国に300箇所以上設置されており、窓口で相談を受け付けています。
ハローワークでも、就労に関する相談に乗ってくれますが、生活面の困りごともある場合は、障害者就業・生活支援センターでの相談のほうが利用しやすいかもしれません。
4)障害者職業能力開発校
独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構や都道府県が運営する機関です。障害の程度が比較的重度な方に、症状に配慮した職業訓練を行います。
私の依頼者で、交通事故による高次脳機能障害で自賠責保険の後遺障害等級第5級2号となった方で、障害者職業能力開発校に通学して、ホームヘルパー2級の資格を取得して、障害者雇用枠で病院に就職した方がおられます。
5)就労移行支援事業所
民間企業や社会福祉法人などが運営しており、障害者総合支援法に基づく障害福祉サービスの一つである「就労移行支援」を提供する事業所です。学校のように通所しながら、就職に必要な知識やスキル向上のためのサポートを受けることができます。
6)就労継続支援事業所
社会福祉法人や医療法人が運営しており、こちらも障害者総合支援法が定める障害福祉サービスの一つである「就労継続支援」を提供する事業所です。一般企業での就労は難しいけれど、支援があれば働くことができる方に働く機会を提供する事業所です。
「就労継続支援事業所」には、利用者と事業所が雇用契約を締結した上で、職業技能を習得しながら、最終的には一般企業への就労を目指すA型(雇用型)と、雇用契約を締結せずに、生産性を気にすることなく、症状や体調に合わせて自分のペースで働くことができるB型(非雇用型)の2種類があります。
(2) リハビリテーションの効果
交通事故後に行うリハビリテーションはどのくらい効果があるのでしょうか。また、高い効果を上げるためには、どのような点に注意すれば良いでしょうか。
① 医学的リハビリは早ければ早いほど良い
高次脳機能障害は、多様な症状が特徴であり、その程度も様々です。
受傷後の復職率は12~70% と大きな幅があるとの研究報告もありますが、症状の内容に合わせた適切なリハビリテーション(訓練)を早くから受けることで治療効果がみられ、症状が回復・改善することが多いと言われています。
脳の神経細胞は、細胞体と軸索で構成されています。軸索は損傷しても修復されて新たな神経回路を作っていきます。とくに、子どもは、脳が回復する力が大人より強いため、リハビリの効果は大人よりも高い と言われています。
平成15年に3か年計画で実施された「脳外傷による高次脳機能障害患者の追跡調査研究」では、受傷早期の病態と急性期治療がその後の高次脳機能障害の発現と程度に強い影響を与えるとの報告がされています。
この調査研究によれば、発症から6か月以内 にリハビリを受けた症例では46%が改善 を示したものの、6か月から1年以内 では32% 、1年以上 では14% と低下傾向 が見られました。
このデータからは、事故や病気から何年も経ってからリハビリを開始しても効果が低いことが明確になりました。逆に、医療機関で早期にリハビリを受けた症例では、社会生活に戻った後の就労・就学の比率が高いことが明らかになったのです。
また、不幸にして症状が回復せず、後遺障害が残ってしまう場合でも、残った障害を前提に、どのようにして社会復帰や生活のしやすさを高めていくか、という目標に向けた取組みもリハビリの重要な課題の一つです。機能障害を改善するだけでなく、適応力を高めることもリハビリも重要な目標なのです。
したがって、高次脳機能障害に詳しい医師や医療スタッフの在籍する医療機関で、早期に リハビリを受けることが、症状の回復・改善にとって非常に大事と言えます。
② 症状の正確な評価が重要
高次脳機能障害のリハビリが成功するかどうかは、高次脳機能障害の症状や程度の正確な評価 が大前提となります。
正しく症状を評価できなければ、ご本人に合った効果の高いリハビリ計画を立てることはできません。
③ ご本人がご自身の症状を認識する
高次脳機能障害のリハビリ(訓練)が成功するためには、ご本人が日常生活に困難をきたすご自身の症状について認識していることも重要です。
この認識が深まるほどリハビリの効果が上がると言われています。というのは、忍耐強い一貫した訓練を受けることが可能となるからです。
以上まとめると、リハビリの効果を上げるポイントは、
医学的リハビリを早く開始する。
高次脳機能障害の症状や程度を正確に評価する。
ご本人がご自身の症状を認識する。
ことが重要となります。
(3) 医療機関について
医学的リハビリは、医師、看護師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、臨床心理士、ソーシャルワーカーなど多くの専門職による包括的なアプローチが効果的であり、このため、これらの専門職によるネットワークが整った医療機関で、治療と早期のリハビリを受けることが、症状の回復・改善にとって非常に重要です。
国立リハビリテーションセンターを中心とする支援拠点機関と相談窓口が全国にあります。
治療やリハビリについて相談を希望されるご家族は、国立障害者リハビリテーションセンター・高次脳機能障害情報・支援センター|相談窓口の情報 をご覧ください。
=弁護士コラム「若い人ほど症状は改善する?」=
高次脳機能障害を負われた、たくさんの依頼者と接してきた私の経験では、高齢者の方は、時間の経過とともに症状が重くなる傾向があります。
びまん性軸索損傷 の場合、記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害に加えて、小脳失調症や四肢麻痺の併発も多く、これらの神経症状によって起立や歩行障害が現れることがあります。
高齢で事故に遭い、これらの起立や歩行障害を負った方で、事故から年月が経つにつれて、ふらつきが多くみられ、歩行が困難となった方が何人かいらっしゃいました。
逆に、若くして事故に遭い、高次脳機能障害を負ったケースでは、症状が改善して、きちんと仕事に就いた方も多くいらっしゃいます。
高校生のときに事故に遭い、後遺障害等級5級2号「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することのできないもの」と認定されたものの、就労支援を受けて、障害者枠で病院にヘルパーとして勤務を続けている方や、高校を卒業して間もない頃にバイクを運転中に事故に遭い、同じく後遺障害等級5級2号に認定された後に少しずつ症状が改善し、現在では自営で商売をされている方もおられます。
ご家族がご本人の障害を正しく理解し、ご本人を支えながら、根気強くリハビリを続けることで、重い障害を負っても仕事に就くことのできた若い方が何人もいるのです。
(4) 就職後の注意点
職業訓練は、様々な機関 で受けることができます。
職業訓練を受けて就職したとしても、高次脳機能障害の症状が残っている状態で長く働き続けるためには、職場の理解が不可欠 です。
とくに、遂行機能障害は、ぱっと見ただけでは分かりにくいため、職場の上司や同僚に、症状の特徴を説明して理解してもらうことで、ご本人が働きやすい職場環境を作ることが大事です。例えば、
ぱっと見ただけでは分からない、ちょっと話しただけではわからない。
能力低下がまばらである。回復したり低下していない機能もある。
一つのことができても、ちょっと違っただけでできなくなってしまう。
一定量を超えると、途端にできなくなってしまう。
というように、具体的に説明すると、職場の理解を得やすくなります。
3 誰に相談すればよいのか?ー相談窓口と支援団体の役割ー
ご本人が適切なリハビリを継続し、家庭生活や社会生活を安定して送れるようになるためには、ご本人の障害に対するご家族の理解と支援 が欠かせません。
しかしながら、ご本人が高次脳機能障害を負ったことへの、ご家族の精神的なショックは大きく、障害を受け容れることができるようになるまでには相当の時間がかかります。
また、高次脳機能障害を負ったご本人と同居するご家族は、事故前と言動が変わってしまったことへの戸惑いや不安があります。特に、ご本人が子どもや若年者の場合、将来に対するご家族の不安と心配は、かなり大きいものとなります。
ご本人の介護への負担感も重く、平成30年に実施された大規模調査によれば、介護者の44%がうつ傾向 の可能性があることが明らかとなりました。
このため、ご本人だけでなく、ご家族の不安や負担、ストレスを軽くするための支援が必要となります。
ご本人とご家族の支援をする家族会 や支援団体 が全国にあります。これらの団体は、医療機関や行政、福祉、弁護士等と連携しながら、様々な支援を提供してくれます。
<支援の一例>
適切なリハビリを実施してくれる医療機関を紹介してくれる。
ご家族の不安や心配に対して親身に相談に乗ってくれ、適切なアドバイスをもらえる。
ご本人の日常生活への復帰や復学・復職に向けた支援をしてくれる。
賠償(補償)の問題について高次脳機能障害に詳しい弁護士を紹介してくれる。
様々な行政サービスや就労支援をする行政機関を教えてくれる。
ご家族は、不安や心配を一人で抱え込まずに、お近くの家族会や支援団体に相談されることを強くお勧めします。
日本脳外傷友の会 は、各地の支援段階の連合組織ですので、お近くの支援団体を探したいという方は、問い合わせてみるとよいでしょう。
北海道内にお住まいの方は、脳損傷友の会コロポックル に問い合わせするのがよいでしょう。ちなみに、筆者は顧問弁護士として同会の活動をお手伝いしています。
また、平成23年10月1日に発足した高次脳機能障害情報・支援センターは、高次脳機能障害に関する様々な情報を収集・整理・発信し、ご本人・ご家族、全国の支援拠点機関及び一般国民に対して広く普及啓発活動を行っています。
同センターのホームページでも、全国の相談窓口を紹介していますので、お近くの相談窓口に相談してみてはいかがでしょう。
国立障害者リハビリテーションセンター・高次脳機能障害情報・支援センター|相談窓口の情報
4 どんな補償を受けられるのか?ー補償・賠償・公的給付の種類ー
交通事故等で「脳外傷による高次脳機能障害」を負ったご本人やご家族にとって、生活維持への不安や、将来への不安はとても大きいものがあります。
きちんとした補償・賠償、公的給付(行政サービス)を受けて、将来に向けて生活環境を安定させることが重要です。
そこで次に、ご本人が受けることのできる補償・賠償・公的給付(行政サービス) についてご説明します。
① 自賠責保険
交通事故で高次脳機能障害を負ったときには、加害者の加入している自賠責保険会社に対し、自賠責保険金の請求をすることができます。
そのためには、自賠責損害調査事務所に後遺障害等級の申請を行い、後遺障害等級を取得することが必要となります。
自賠責保険では、後遺障害の等級は、一番重い1級から一番軽い14級まで定められています。
高次脳機能障害の症状が後遺障害として何級に認定されるかで、加害者に対する損害賠償請求の金額や任意保険(対人賠償保険)の金額が変わってきます。
ところが、自賠責保険では、原因疾患が交通事故による外傷性脳損傷に限定されており、さらに、外傷に伴う意識障害が必要であり、高次脳機能障害が後遺障害として認定されるためのハードルは高いです。診断書も独自の書式を用います。
症状に見合った適正な後遺障害等級を獲得するために、できれば後遺障害等級の申請段階から弁護士に依頼することをお勧めします。
② 任意保険(対人賠償保険)
強制的に加入する自賠責保険を補うのが任意保険です。一般に自動車保険という場合は任意保険を指します。
交通事故を起こして被害者が大きな怪我を負った場合、加害者が被害者に負う損害賠償額は高額になることが多いため、自賠責保険だけでは、被害者に十分な賠償をすることができません。
そこで、自動車を運転するほとんどの人は、任意保険(対人賠償保険)に加入しています。
被害者の立場から見た場合、加害者が任意保険(対人賠償保険)に加入していれば、多額の損害賠償金を加害者に代わって保険会社が支払ってくれることになります。加害者が無資力(つまりお金がない)であっても、任意保険会社から損害賠償金の支払いを受けることができます。
これに対して、加害者が任意保険(対人賠償保険)に加入していない場合には、自賠責保険だけでは足りない部分は、加害者に直接請求することになりますが、加害者が無資力(つまりお金がない)のときは、賠償金の支払いを現実に受けられないという深刻な問題が出てきます。
このように、交通事故によって大きな被害を受けたご本人が、きちんと賠償を受けられるかどうかは、加害者が任意保険(対人賠償保険)に加入しているかどうかで大きく左右されることになります。
そして、加害者(任意保険会社)に請求できる損害賠償の金額は、ご本人が負った高次脳機能障害が後遺障害として何級に認定されるかによって大きく変わります。
そこで、自賠責保険と同様に、高次脳機能障害が後遺障害として何級に認定されるかが極めて重要となります。
後遺障害等級の申請と、加害者(任意保険会社)に対する損害賠償請求の2つが、弁護士が大きく活躍する場面となります。
③ 労災保険
労働者災害補償保険は、労働者が仕事中や通勤途中に起きた事故で怪我や病気になった場合に、国から補償を受けられる公的保険制度です。労働者には、正社員だけでなく、パートやアルバイトも含まれます。
労災保険は、労働者を一人でも雇用する事業者であれば、加入が義務付けられており、保険料の全額を事業主が負担します。
例えば、高所作業中に落下事故で高次脳機能障害を負った場合、交通事故ではないので自賠責保険や任意保険(対人賠償保険)は利用できませんが、労災保険を利用して補償を受けることが可能です。
他方で、通勤中や営業中に交通事故に遭って高次脳機能障害を負った場合、自賠責保険や任意保険(対人賠償保険)を利用することもできますし、労災保険を利用することもできます。ただし、二重払いにならないよう調整が行われます。自賠責保険や任意保険を先に利用するメリットと、労災保険を先に利用するメリットがそれぞれあり、どちらを優先して利用すべきかは、ケースバイケースです。
労働基準監督署に個別の労災保険給付を申請して、治療費や休業補償給付、障害補償給付等を受けることができます。申請は被災したご本人が行います。労災保険給付の請求書の中には、事業者が労災事故が起きたことを証明する欄がありますが、事業者には、ご本人が自ら手続を行えないときはその手続を助力する義務と、ご本人から求められたときは、速やかに上記の証明をしなければならない義務があります。
労災保険でも、自賠責保険と同様に、後遺障害の等級は、一番重い1級から一番軽い14級まで定めされています。
=弁護士コラム「自賠責保険・任意保険のメリットと、労災保険のメリット」=
労災事故が、交通事故によって発生した場合、自賠責保険・任意保険と、労災保険のどちらからでも補償を受けられますが、どちらの請求を優先するほうが、ご本人やご遺族にとって有利になるのでしょうか。
それぞれの制度に一長一短があり、どちらを優先して利用すべきかは、ケースバイケースです。それぞれの制度のメリットをご説明します。
<自賠責保険・任意保険のメリット>
・休業損害が100%支払われます。これに対し、労災保険の休業補償給付は、給付基礎日額の60%であり、休業特別支給金の20%を足しても80%しか支給されません。
・慰謝料や近親者付添費が支払われます。労災保険は、給付項目が限られており、慰謝料や近親者の付添費は給付されません。
<労災保険のメリット>
・治療費や休業補償の打ち切りがほとんどなく、じっくり治療に専念できます。自賠責保険では、傷害部分の保険金の上限が120万円であるため、十分に治療を受けられない場合があります。また、任意保険を利用する場合でも、任意保険会社は、独自の判断で、治療費や休業損害の支払いを打ち切ることがあります。
・診療報酬単価が1点12円と安いです。これに対し、自賠責保険や任意保険を利用すると、自由診療となるため、医療機関によっては診療報酬単価がこれよりも高額になるところがあり、自賠責保険の傷害部分の保険金上限額120万円をすぐに超えてしまうことがあります。このため、治療費は労災保険を利用して、自賠責の120万円の枠は慰謝料等の労災保険から支払われない項目に使うほうが経済的に有利になる場合があります。
・過失相殺や120万円の限度額がありません。労災保険では、労働者の過失を相殺して給付金を減額する「過失相殺」の制度はありません。このため、労働者に過失があっても、一定額の補償を受けることができます。また、自賠責保険のように支給される保険金額に上限はありません。
以上のとおり、それぞれの制度のメリットを比較すると、怪我の程度が軽く、治療が早期に終わりそうなケースでは、先に自賠責保険や任意保険を利用したほうが良く、逆に、怪我の程度が重く、治療が長引きそうなケースであったり、ご本人の過失が大きいケースでは、労災保険を先に使ったほうが良いと言えるでしょう。
④ 障害者手帳
手帳には、
の3種類があります。
高次脳機能障害によって記憶障害、注意障害や遂行機能障害などの症状が残った場合、精神保健福祉手帳の交付を受けることができます。さらに、運動麻痺などの身体症状も伴うときは、身体障害者手帳の交付も併せて受けることもできます。なお、療育手帳は、おおむね18歳以前に知的障害のある方に発行される手帳です。
障害者手帳の交付を受けると、様々な行政サービスを受けることができます。
<障害者手帳で利用できる各種サービスの一例>
福祉サービスやリハビリテーション
税金の控除・減免
公営住宅の優先入居
NHKの受信料の減免
公共交通機関の運賃割引
申請手続は、2年毎に、居住地の市町村窓口に行いますが、医師が作成した診断書が必要です。なお、高次脳機能障害の診断基準は、こちら をご覧ください。
審査を経て、障害の程度に応じて認定された等級の手帳が交付されます。身体障害者手帳は1級から6級、精神障害者保健福祉手帳は1級から3級の等級があります。
厚生労働省のホームページ|身体障害者手帳
厚生労働省のホームページ|精神障害者保健福祉手帳
⑤ 障害年金
障害年金には、障害基礎年金と障害厚生年金(障害共済年金)があります。
国民年金に加入している人が、交通事故や病気で後遺障害が残った場合に支給されるのが障害基礎年金です。後遺障害の重さによって1級と2級があります。
障害基礎年金は、原則として、受傷によって初めて医師の診察を受けた日(初診日)が国民年金の被保険者であること(又は、被保険者であった者で、日本国内に住所を有し、60歳以上65歳未満であること)や、一定期間国民年金保険料を納付していたことが必要です。
但し、20歳になる前に病気や事故で後遺障害を負った方は、国民年金に加入していなくても(つまり国民年金保険料を納付していなくても)、障害基礎年金の支給を受けることができる場合があります。
申請は、医師の診断書を添えて、居住地の市町村窓口又は年金事務所に行います。診断書は、障害認定に当たって最も重要な書類となります。障害の種類ごとにそれぞれの書式があり、市町村窓口や年金事務所でもらうことができますので、正式に申請をする前に窓口に相談に行くことをお勧めします。
さらに、厚生年金や共済年金に加入しているときには、厚生年金から支給される障害厚生年金や、共済組合から支給される障害共済年金を受給できます。障害厚生年金や障害共済年金は、後遺障害の重さによって1級から3級まであり、1級と2級は障害基礎年金と併せて受給できます。障害厚生年金は勤務していた事業所を管轄する年金事務所にて、障害共済年金は加入している共済組合にて申請手続を行います。
日本年金機構|障害基礎年金の受給要件・支給開始時期・計算方法
日本年金機構|障害厚生年金の受給要件・支給開始時期・計算方法
⑥ 障害者総合支援法に基づく福祉サービス(65歳未満)
ご本人が65歳未満の場合、平成25年4月に成立した障害者総合支援法に基づき、障害支援区分(区分1~6の6段階。区分6が最も支援の度合いが高い。)に応じて、様々な福祉サービスを受けることができます。
この福祉サービスは、
介護給付
居宅介護(ホームヘルプ)、訪問介護、同行援護、行動援護、短期入居(ショートステイ)、療養介護、生活介護、施設入所支援など。
訓練等給付
自律訓練、就労移行支援、就労継続支援、就労定着支援など。
地域相談支援給付
地域移行支援、地域定着支援。
など多岐にわたっています。
サービスの利用を希望するときは、居住地の市町村窓口に申請し、障害支援区分の認定を受けます。
全国社会福祉協議会のホームページ|障害者総合支援法のサービス利用説明パンフレット
⑦ 介護保険(65歳以上)
介護保険法に基づき、要介護認定(要支援1~2・要介護1~5の7段階。要介護5が最も介護の度合いが高い。)に応じて、様々な介護サービスを受けることができます。認定を受けるには、介護保険被保険者証が必要です。
ご本人が65歳以上であれば、市区町村から自宅に被保険者証が送られてきます。40~64歳までの方で一定の障害があり、介護保険の申請が必要になったときには、市区町村に請求して被保険者証を交付してもらいます。
介護保険のサービスには、大きく分けて、介護給付サービスと、予防給付サービスの2種類があります。
介護給付サービスは、介護を目的とするサービスで、要介護1~5に認定された方が受けられます。予防給付サービスは、要介護の予防を目的とするサービスで、要支援1、2の方が受けられます。
介護給付サービスは、さらに居宅サービスと施設サービスの2種類があります。
居宅サービス
家事支援(掃除や洗濯、買い物や調理など)、身体介護(入浴や排せつのお世話)、訪問看護、通所型デイサービス(食事や入浴、リハビリやレクリエーション等)、デイケア(施設や病院などでのリハビリ)、ショートステイなど。
施設サービス
特別養護老人ホーム、介護老人保健施設、介護療養型医療施設への入所。
予防サービス(要支援1又は2の方)
訪問介護、デイサービス、介護用品のレンタル、介護リフォームなど。
サービスの利用を希望するときは、居住地の市町村窓口に申請し、要介護(要支援)認定を受けます。
厚生労働省のホームページ|介護保険制度の概要
⑧ 自動車事故対策機構(NASVA)の介護料
独立行政法人自動車事故対策機構(NASVA)に申請すれば、交通事故による高次脳機能障害を負い、自賠責保険又は裁判で後遺障害等級1級1号(常時要介護)又は2級1号(随時要介護)に認定された方に、毎月一定額の介護料(最重度は約8~20万円、1級1号は約7~16万円、2級1号は約3~8万円)が支給されます。
独立行政法人自動車事故対策機構|介護料のご案内
5 手続はどのように進んでいくのか?ー補償・賠償までの流れ(手続)ー
交通事故によって高次脳機能障害を負ったご本人が受けることのできる様々な補償・賠償・公的給付(サービス)について説明してきました。
ここからは、弁護士が得意とする自賠責保険金請求と加害者(任意保険会社)への損害賠償請求の手続(流れ)とポイントを説明します。
ご本人が適正な補償・賠償を受けるために、弁護士が力を発揮できるのは、この場面です。
労災保険や障害者手帳などの公的給付(サービス)を審査する役所と違い、損害賠償請求の相手方となる加害は、当然ながらできるだけ賠償額を下げようと争ってくるのが通例です。また、加害者が加入している任意保険会社も同様です。
このように、損害賠償請求の手続では、被害者側と加害者側との間で激しく対立することが多いため、紛争解決のプロである弁護士の出番となるのです。
そして、自賠責保険で後遺障害として何級に認定されるかが、加害者側から受けられる損害賠償の金額に大きく影響することから、加害者側に対する損害賠償請求の前提として、自賠責保険の後遺障害等級申請の段階から、弁護士が関わることが多いのです。
事故発生から加害者側への損害賠償請求までの手続(流れ)を説明します。あわせて、最終的に加害者側から適正な損害賠償を受けるためのポイントを、それぞれの段階ごとに解説します。
事故発生・受傷
治療・リハビリ
症状固定
後遺障害等級申請
後遺障害認定
示談交渉
訴訟(民事裁判)
(1) 事故発生・受傷
この段階で重要なポイントは「意識障害の有無・程度」 です。自賠責保険において高次脳機能障害が後遺障害として認められるためには、受傷時に意識障害があったことが必要 とされるからです。
長時間意識を消失したケースなどでは、救急隊が救急現場記録票 に被害者の意識レベルを記録し、通常、この記録票が搬送先の医療機関のカルテにつづられます。
このため、救急隊が作成した救急現場記録票は、意識障害の重要な証拠となります。
ここで注意すべきは、受傷時の意識消失が短時間であったり、しばらくボーッとしただけという軽度のケース です。こうした軽度の意識障害は、救急現場記録票に記録されない ことがしばしばあります。
近時の自賠責保険の後遺障害認定実務や裁判実務では、被害者側で意識障害があったことを立証できなければ、高次脳機能障害を後遺障害として認めてくれる可能性はほとんどありません。
そこで、ご家族が、次のような方法で、ご本人の意識障害を記録しておく ことが重要です。
① 事故現場に居合わせた場合には、ご本人の様子を、記憶が薄れないうちにメモに残しておく。スマホの動画で録画する。
② 事故現場に居合わせなかった場合には、後日でも良いので、居合わせた人に、ご本人の様子を確認して、録音するか、記録に残しておく。
③ 後日でも良いが時間があまり経たないうちに、ご本人から事故状況を確認して記録に残しておく。短時間でも意識を失った場合、事故に遭ったことを覚えていなかったり、記憶が途中で抜けていることがよくある。
(2) 治療・リハビリテーション
この段階は、ご本人の症状の回復と改善、そして、日常生活と社会への復帰を目指して、治療とリハビリに専念する時期となります。治療・リハビリの内容や効果についてはこちら をご覧ください。
ご家族にとっては、ご本人が治療とリハビリに専念できるよう、寄り添って支える時期となります。
この段階では、今後の後遺障害等級申請や、加害者側への損害賠償請求という観点からはもちろん、障害者手帳などの公的給付(サービス)を受けるという点からも、治療期間中のご本人の様子や症状について記録を残しておく ことをお勧めします。
なぜ記録しておくことが重要なのでしょうか。それは、後遺障害を認定する人(裁判官、自賠責損害調査事務所など)は、ご本人と直接会う機会はほとんどないからです。彼らは、医師の診断書などの書類で審査 しますので、ご本人の様子や症状、日常生活でのエピソードなどの具体的な記録が重要になるわけです。
とはいえ、長期間にわたって毎日詳細に記録をし続けることは、ご家族にとって負担が重く、とても大変です。
そこで、スマホで動画を撮影すると便利です。さらに、日々の生活の中で、特に気になったことや印象に残ったエピソードを、5W1H にしたがって記録すると良いでしょう。5W1Hは、シンプルですが、汎用性が高いフレームワークです。
When(いつ?)
Where(どこで?)
Who(誰に?)
What(何をした?)
Why(なぜ?)
How(どのようにして?)
<記載例>
●月●日、自宅で、点火したストーブの火を消し忘れた。
●月●日朝、自宅で、私が「学校の準備はできた?」と何度も声をかけたことに腹を立てて、「いちいちうるさい!」と大きな声で怒鳴った。
●月●日、車で一緒に買い物に出かけた。駐車場で買い物を車のトランクに入れたが、閉めるのを忘れて、トランクを開けたまま車を発進させようとした。
=弁護士コラム「治療には健康保険を使ったほうが良い?」=
交通事故の被害に遭った依頼者の方から、ときどき「治療には健康保険を使ったほうが良いのでしょうか?」と質問されることがあります。
交通事故の被害者も、治療するときに健康保険を利用することができます。ただし、業務中や通勤中の交通事故で労災保険を利用する場合は、健康保険を利用することができません。
そして、① 加害者が任意保険(対人賠償保険)に加入しておらず、自賠責保険しか使えない場合や、② 事故の発生について被害者にも過失がある場合(つまり過失相殺される場合)には、健康保険を利用して治療をすることをお勧めします。
①の理由は、自賠責保険の保険金額は、傷害による損害については120万円が上限だからです。
②の理由としては、損害額から過失相殺をされるため、健康保険を使わずに治療費が多額になると、加害者側からが受け取ることのできる損害賠償の金額が少なくなってしまうことがあるからです。
(3) 症状固定
症状固定とは、交通事故によって負った怪我について、治療やリハビリを継続したものの、症状が残ってしまい、「これ以上、治療を続けても症状の改善が見込めない」状態 を意味します。症状固定は、主治医が診断します。
治療とリハビリを続けた結果、完治すれば、その時点で「治癒(ちゆ)」または「治療終了」となります。これに対し、症状が残ってしまい、これ以上治療を継続しても改善が見込めないと医師が診断した場合、その時点で「症状固定」となります。
もっとも、「症状固定」の診断は、自賠責保険、労災保険、障害年金等の後遺障害認定申請などの各種手続に必要とされるものであり、いうなれば「ここから先は後遺障害として評価して、賠償・補償・公的給付の手続に入りましょう」という、いわば手続的な意味合いが強く、「症状固定」したからといって医学的に「絶対に改善が見込めない」わけではありません。
したがって、「症状固定」した後でも、ご本人とご家族が希望すれば治療や医学的リハビリを続けることができますし、リハビリのうち生活訓練や職業訓練は、「症状固定」した後に行われることが多いと思われます。
さて、症状固定時点で残存した症状を「後遺障害」 と言い、自賠責保険では、後遺障害の内容と程度に応じて、第1級 から第14級 までの等級に認定されます。一方で、症状が残っても、医学的な裏付に乏しかったり、症状が軽微なときには、等級がつかず(つまり、後遺障害として認められず)、「非該当」 となる場合があります。
交通事故による損害賠償の実務では、症状固定の前と後で、損害額の算定方法が全く違います。
事故から症状固定までは実損(つまり、治療費、通院交通費、入院雑費、休業損害など現実に発生した損害)で損害額を算定します。これに対し、症状固定後は、実損ではなく、認定された後遺障害等級(1級~14級)に応じて、損害額を算定します。この合計が「損害」となるわけです。
症状固定後も、希望すれば医療機関に通院することは可能ですが、症状固定後の治療費や通院交通費は、原則としてご本人負担となり、加害者(任意保険会社)に請求できません。これは、上記のとおり、症状固定の前後で、損害額の算定方法が異なるからです。
被害者がお子さんの場合 は、症状固定の時期については注意が必要です。
成人の場合は、受傷から1~2年が経過すると、症状固定と診断されることが多いのですが、子どもの場合、脳や精神機能が発達の途中であるため、最終的にどこまで症状が改善するのか、ある程度成長を待たないと分からない場合があります。特に、小さいお子さんの場合、学校生活や社会生活にきちんと適応できるのか、将来どの程度支障を来すのかも、見通しが立ちにくい傾向にあります。
このため、ご本人がお子さんの場合、事故後相当期間を置き、家庭生活だけでなく、学校生活での様子を観察しながら、慎重に症状固定の診断をするのが適切とされています。
受診している医療機関の主治医が、拙速に症状固定の診断を急ぐことのないよう、ご家族は、お子さんの学校生活での様子などを主治医に定期的に報告して、症状固定の時期について相談しておく必要があります。
(4) 後遺障害等級申請
ご本人の高次脳機能障害の症状が完全に回復せず、症状固定となってしまった場合、主治医に症状固定時点における残存症状を「自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書」に書いてもらい、これを添えて後遺障害等級申請 をすることになります。
申請の手続は、加害者側の任意保険会社に全て任せることもできますが(これを「事前認定手続」といいます。)、任意保険会社に任せずに被害者自らが資料を揃えて申請手続を行うことをお勧めします(これを「被害者請求」といいます。)。被害者請求は、後遺障害等級が認定されたときに直ちに被害者に一定額の自賠責保険金が支払われるというメリットもあります。
被害者請求の申請先は、加害者の自賠責保険会社となりますが、実際に審査をして後遺障害等級の認定をするのは、自賠責損害調査事務所です。
自賠責損害調査事務所は、高次脳機能障害の等級認定の審査はとりわけて慎重に行うと言っていますが、数多くの交通事故案件の審査を一手に担っているせいか、申請書類に不備 があったり、記載が不十分 だと、症状に見合わない低い等級 に認定されたり、「非該当」 の認定がされるおそれがあります。
そこで、ご本人の症状に見合った適正な後遺障害を認定してもらうためのポイント を詳しく見ていきましょう。
① 詳細な「自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書」
主治医にできる限り詳細に 「自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書」(後遺障害診断書)を作成してもらうことが一番重要なポイント となります。
ご本人の症状、MRI・CT等の画像所見、神経心理学的検査の結果を漏れなく記載してもらう必要があります。
② 正確な「神経系統の障害に関する医学的意見」
これも主治医に作成してもらう書類です。必ずしも申請の際に添付する必要はなく、申請した後に提出しても構いませんが、ご本人の身の回りの動作能力や症状の内容について正確に 記載してもらう必要があります。
③ ご本人の症状や生活状況に関するご家族の報告書
後遺障害等級申請をすると、自賠責損害調査事務所からご家族に「日常生活報告書」 の作成を求められます。
さらに、この「日常生活報告書」には書ききれない、ご本人の高次脳機能障害の症状を、別途、具体的かつ詳細に 報告したほうがよいでしょう。
ご本人の症状だけでなく、家庭生活・学校生活・職場への影響、ご家族の介護や支援の内容も詳しく説明するほうが、調査事務所に被害の実態を正確に理解してもらえます。
④ 意識障害に関する資料
受傷時に意識障害がなければ、深刻な症状が残ったとしても、自賠責保険では後遺障害として認められません。
そこで、意識障害を裏付ける資料の提出が必須となります。
一般的には、搬送先の医療機関に「頭部外傷後の意識障害についての所見」 という書類を作成してもらい、これを提出しますが、救急隊の「救急現場記録票」 を提出することもあります。
以上見てきたように、後遺障害等級認定手続においては、様々な書類を用意して、自賠責損害調査事務所に提出しなければなりません。
その上、これらの書類の記載内容が不十分であったり、不備があると、症状に見合わない低い等級に認定されてしまったり、最悪「非該当」という認定がされてしまう危険があります。
こうしてみると、後遺障害等級の申請は複雑な上、慎重に行わなければなりませんので、高次脳機能障害に詳しい弁護士に依頼するのが無難です。
(5) 後遺障害等級認定
高次脳機能障害の症状について後遺障害等級申請をすると、自賠責損害調査事務所が審査します。審査では、2段階で検討がされます。
① 脳損傷の有無
② ①で脳損傷が認められた場合、障害の程度(等級)評価
① 脳損傷の有無
脳損傷の有無、つまり「脳外傷による高次脳機能障害」が認められるか否か、を審査します。
医師によって高次脳機能障害と診断されたとしても、必ずしも、自賠責保険で「脳外傷による高次脳機能障害」と認定されるとは限りません。それは、医師が一般的に用いる診断基準よりも、自賠責保険における「脳外傷による高次脳機能障害」の認定基準が厳しいからです。
ここで、自賠責保険における「脳外傷による高次脳機能障害」の認定基準を説明します。なお、この基準は、「自賠責保険における高次脳機能障害の認定システム」の考え方を、分かりやすく要約したものです。
<自賠責保険の認定基準>
1)症状の残存
高次脳機能障害の症状(記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害)が、症状固定時点において残ったことが当然の前提となりますが、これらの症状が残ったことに加えて、次の基準を全て満たさなければ、「脳外傷による高次脳機能障害」とは認定されません。
2)意識障害
交通事故の受傷時に一定時間の意識障害があったことが必要です。
意識障害は、自賠責保険のみならず、訴訟(民事裁判)でも、「脳外傷による高次脳機能障害」と認められるために必要です。近時の裁判実務では、深刻な症状が残っていても、受傷時に意識障害があったことを被害者が立証できなければ、後遺障害として認めない傾向です。
そこで、自賠責保険の後遺障害認定手続や裁判においては、意識障害に関する資料を確保しておくことが非常に重要となります。
意識障害に関する資料は、一般的に、
「頭部外傷後の意識障害についての所見」(医師が作成)
医療記録・カルテ(医師が作成)
「救急現場記録票」(救急隊が作成)
などがあります。
意識障害には、意識を消失した場合やボーッとして声かけに反応しない場合など様々なレベルが含まれますが、意識障害が軽度 だと、救急隊や医師が気づかない ときがあります。
そこで、ご家族が、ご本人の意識障害に関する情報を集めておくことが重要です。
意識障害に関する資料と集め方
3)CT・MRIによる画像所見
さらに、CT やMRI で脳損傷を裏付ける画像所見が認められることが必要です。
画像所見は、自賠責保険のみならず、訴訟(民事裁判)でも、「脳外傷による高次脳機能障害」と認められるために必要です。
びまん性軸索損傷 の場合は、受傷直後の画像は正常であることが少なくありません。その場合、受傷直後の画像と、受傷から数か月後(3か月後・6か月後)の画像を比較して、脳室拡大・脳萎縮の有無を確認する必要があります。
=弁護士コラム「脳損傷と画像所見」=
自賠責保険と裁判所は、脳外傷による高次脳機能障害の判断に当たって、CT検査やMRI検査による画像所見を非常に重視します。
MRIT2*強調画像
上の画像は、MRIのT2*(スター)強調画像であり、右側頭葉皮質下に出血性病巣の所見が確認できます。T2*(スター)強調画像は、出血性病巣の検出感度が高い検査法であり低信号(黒)に抽出されます。
ところが、交通事故で脳が損傷したとしても、必ずしも画像に損傷が写るとは限りません。CTやMRIといった医療機器の性能には限界があり、脳内に微細な出血や神経軸索の損傷があっても、画像で確認できないことがあるからです。
すなわち、「画像で異常を確認できない=脳損傷はない」とは言えないのです。実際に、私の経験でも、CTやMRIの画像で異常を確認できないけれど、事故後に深刻な記憶障害や遂行機能障害に苦しむ被害者の方が何人もいました。
このようにCTやMRIの性能には限界があることから、近年、PETやSPECTといった新たな検査方法が注目を集めています。これらの検査方法は、脳の血流量や代謝、神経繊維の脱落を測定することで、脳の機能低下を検査することができます。
3D-SSP解析によるSPECT画像
上の画像は、3D-SSP解析によるSPECT画像です。一番上の行(Surface)が被検査者の脳血流を表しており、寒色(青や綠)が血流低下部位を、暖色(赤やオレンジ)が血流が多い部位を表しています。2行目(GLB)は、健常者のデータベースとの比較画像で、暖色(赤やオレンジ)が血流低下部位を表しています。この画像では、両側前頭葉の血流が非常に低下していることが分かります。
しかしながら、自賠責保険では、PETやSPECTは、医学的に確立された検査とは言えない、脳の血流低下や機能低下は必ずしも脳の器質的損傷を意味しないなどの理由により、「補助的な検査所見にとどまる」として、PETやSPECTの検査所見を重視していません。
したがって、PETやSPECTで脳機能の低下が認められたとしても、CT・MRIで異常が確認できなければ、脳損傷は否定されてしまいます。
裁判所も、同じような考えであり、PETやSPECTの検査結果をあまり重視しておらず、あくまでもCT・MRIの画像所見に重きを置いているという傾向です。
4)事故との因果関係
自賠責保険において「脳外傷による高次脳機能障害」と認められるためには、高次脳機能障害が交通事故によって発生したこと(つまり交通事故との因果関係)が必要とされます。
脳外傷による高次脳機能障害は、事故直後に一番重い精神症状が発生し、その後に軽快・改善していくという経過を辿ることが多いと言われています。
このため、事故がしばらく期間が経ってから症状が出てきた場合などは、事故との因果関係に疑問を持たれることになります。
② ①で脳損傷が認められた場合、障害の程度(等級)評価
自賠責保険の認定基準を満たして、「脳外傷による高次脳機能障害」と認められると、後遺障害としての障害の程度(等級)評価が審査されます。
症状の程度や介護の負担に応じて、1級 から9級 まであります。
自賠責保険金の傷害部分(後遺障害を除く怪我の治療や休業について支払われる保険金)の上限額は120万円ですが、下記の1級 から9級 までいずれかの等級が認定されれば、別途、後遺障害に対する保険金が定額 で支払われます。
<1級>
後遺障害
神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの
補足的な考え方
身体機能は残存しているが高度の痴呆があるために、生活維持に必要な身の回り動作に全面的介護をようするもの。
自賠責保険金額
4000万円
労働能力喪失率
100%
<2級>
後遺障害
神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、随時介護を要するもの
補足的な考え方
著しい判断力の低下や情動の不安定などがあって、一人で外出することができず、日常の生活範囲は自宅内に限定されている。身体動作的には排泄、食事などの活動を行うことができても、生命維持に必要な身辺動作に、家族からの声掛けや看視を欠かすことができないもの。
自賠責保険金額
3000万円
労働能力喪失率
100%
<3級>
後遺障害
神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することのできないもの
補足的な考え方
自宅周辺を一人で外出できるなど、日常の生活範囲は自宅に限定されていない、また声かけや、介助なしでも日常の動作を行える。しかし記憶や注意力、新しいことを学習する能力、障害の自己認識、円滑な対人関係維持能力などに著しい障害があって、一般就労が全くできないか、困難なもの。
自賠責保険金額
2219万円
労働能力喪失率
100%
<5級>
後遺障害
神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することのできないもの
補足的な考え方
単純繰り返し作業などに限定すれば、一般就労も可能、但し、新しい作業を学習できなかったり、環境が変わると作業を維持できなくなったりする問題が生じる。このため一般人に比較して作業能力が著しく制限されており、就労の維持には、職場の理解と援助を欠かすことができないもの。
自賠責保険金額
1574万円
労働能力喪失率
79%
<7級>
後遺障害
神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することのできないもの
補足的な考え方
一般就労を維持できるが、作業の手順が悪い、約束を忘れる、ミスが多いなどのことから一般人と同等の作業を行うことができないもの。
自賠責保険金額
1051万円
労働能力喪失率
56%
<9級>
後遺障害
神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、服することのできる労務が相当な程度に制限されるもの
補足的な考え方
一般就労を維持できるが、問題解決能力などに障害が残り、作業効率や作業維持能力などに問題があるもの。
自賠責保険金額
616万円
労働能力喪失率
35%
1級から9級までの等級基準を見ると、
日常生活動作ができているか
介護がどのくらい必要か
就労ができるか、どの程度制限されているか
が等級認定のポイントになっていることがおわかりいただけると思います。
そこで、ご本人の症状に見合った適正な等級を認定してもらうためには、
ご家族が作成する「日常生活状況報告」
事故前後のご本人の行動の変化、事故後の家庭生活や学校、職場での様子など。さらに、ご家族の介護状況も具体的かつ詳細に報告書にまとめる。
医師が作成する「神経系統の障害に関する医学的意見」
主治医にご本人の身の回りの動作能力や症状の内容について正確に記載してもらう。
神経心理学的検査 の検査結果
などを資料として提出することが大事です。
(6) 示談交渉
自賠責損害調査事務所による後遺障害等級の認定が下りると、ようやく、ご本人が交通事故で受けた損害の金額を算定することが可能となります。
通常このタイミングで、加害者の加入している任意保険会社から、損害賠償額の提示があります。
任意保険会社が提示する賠償額は、通常、裁判所の基準よりも低いですから、示談するかどうかは慎重に検討する必要があります。なお、示談書に署名押印をして示談が成立する と、原則として、それ以上の請求はできなくなります 。
こうして後遺障害等級の認定が出た後に、加害者側との示談交渉が始まります。
交渉の末、加害者側との示談が成立すれば、任意保険会社から損害賠償金(示談金)が支払われます。これで加害者側に対する損害賠償の手続は終わりとなります。
これに対し、交渉が決裂して示談がまとまらなかった場合には、加害者を相手方にして裁判所に損害賠償請求訴訟(民事裁判) を起こすことになります。
また、加害者に対する損害賠償請求権は、事故から5年(後遺障害等級がついたときは症状固定日から5年)で時効により消滅 しますので、消滅時効にかかりそうなときは、示談交渉中であっても、損害賠償請求訴訟(裁判)を起こすなどして時効の完成猶予をさせる必要があります。
任意保険会社との示談交渉は、ご本人の代理人となってご家族が行うこともできますが、その交渉は容易ではありません。遅くとも、示談交渉の段階では、法律専門家である弁護士に依頼しておくことをお勧めします。
(7) 損害賠償請求訴訟(民事裁判)
加害者の任意保険会社との示談交渉がまとまらないときには、裁判所に損害賠償請求訴訟(民事裁判) を起こして、裁判所の判断を仰ぐことになります。
ご本人に弁護士が就いている場合、いろいろな事情を考慮して、後遺障害の等級認定が出た後に、任意保険会社との交渉をせずに、いきなり裁判を起こすこともあります。例えば、
示談するよりも裁判を起こしたほうが賠償額が高くなることが見込まれるとき。
自賠責保険で認定された等級よりも高い等級を裁判で目指すとき。
5年の消滅時効が迫っているとき。
なお、自賠責保険で認定された等級が、ご本人の症状に照らして低いと思われるときは、裁判で「自賠責保険で認定された等級よりも高い等級を目指す」こともできますし、裁判ではなく等級認定に対する異議申立てをすることもできます。
裁判は解決まで時間がかかるので(通常、1~2年程度)、被害者側が経済的に苦しい状況に置かれている場合には、逆に、訴訟ではなく、示談で解決するという選択もあり得ます。
いずれにせよ、損害賠償請求訴訟(民事裁判)は、弁護士に依頼して進めることが多いと思われます。
裁判では、ご本人の損害額、過失割合など様々な争点について、被害者側と加害者側が、証拠を提出 しながら、お互いの法的主張を出し合い、裁判官が判断 をします。
損害賠償請求訴訟(民事裁判)を起こしたときは、最終的には「判決 」か「訴訟上の和解 」で解決することがほとんどです。
「判決」か「訴訟上の和解」で決まった賠償金(和解金)が任意保険会社からご本人に支払われ、損害賠償の手続は終了します。
6 弁護士は何ができるのか?ー弁護士の役割と依頼するタイミングー
高次脳機能障害を負ったご本人のために、弁護士は何ができるのでしょうか。事故発生から順を追ってご説明します。
(1) 事故発生・受傷の段階
次のような資料を集めておくことが有益であり、弁護士が自ら資料を集めたり、ご家族に集め方を的確にアドバイスすることができます。
・事故の発生状況に関する資料(目撃者の供述書・事故現場や事故車両の写真など)
後日、加害者側との示談交渉や裁判において、過失割合が争いになったときに備えて、事故の発生状況に関する資料を、事故から間もないうちに集めておくことが有益です。
・ご本人の意識障害に関する資料(ご家族や目撃者の供述書など)
受傷直後の意識障害は、脳外傷による高次脳機能障害が認められるための重要な要素とされています。
事故後救急車が到着したときには、すでにご本人の意識が戻っていたようなケースでは、救急現場記録票に「意識清明」と記載されてしまうことがあります。
こうしたケースでは、特に事故現場に居合わせた方から、ご本人の様子を詳しく聞き取り、記録に残しておくことが重要となります。
(2) 治療・リハビリの段階
この段階は、ご本人が治療とリハビリに専念する時期です。
ご本人が事故によって仕事ができなくなり、経済的に苦しい状況に置かれると、治療とリハビリに専念することが難しくなります。
こうしたときには、弁護士は、加害者の任意保険会社に休業補償の内払いを求めて、交渉をすることができます。私の経験では、ご本人の収入に関する資料(給与明細、源泉徴収票など)がしっかり揃っており、事故発生について過失割合が低いときには、休業補償の内払いに応じてくれることが多いと思います。
(3) 症状固定の段階
症状固定は、ご本人の受傷の程度や症状、治療とリハビリの経過を見ながら、医師が診断しますが、ご本人がお子さんのときは、拙速に症状固定とすることは避けるべきです。
症状固定に関する主治医の診断が不相当と思われるときは、弁護士として主治医に意見を述べることができます。
(4) 後遺障害等級申請の段階
自賠責保険で、ご本人の症状に見合った適正な後遺障害等級を認めてもらうためには、様々な資料を取り揃えて自賠責損害調査事務所に提出しなければなりません。
資料に不備があったり、記載内容が不十分だったりすると、適正な等級がつかない危険があります。この危険は、労災保険や障害年金の支給申請でも同様です。
申請に必要な様々な資料を、ご家族がきちんと集めることはなかなか難しいのが現実であり、手続のプロである弁護士に任せるのが無難でしょう。
(5) 後遺障害認定の段階
ご本人の症状に見合った適正な等級が認められれば、次の示談交渉や裁判に進んで行きます。
これに対し、適正な等級がつかなかったときは、その認定に対して異議申立てをすることを検討します。
異議申立ての判断と手続は、法律の専門的知識が必要であり、弁護士に依頼するのが無難でしょう。
(6) 示談交渉・裁判の段階
ご本人が脳外傷による高次脳機能障害を負ったことで生じた損害について加害者側に賠償請求をするというこの段階は、示談交渉 と裁判 という2つのステージがあります。
いずれも、法律の専門的知識が必要不可欠であり、弁護士に依頼しないと難しいでしょう。
示談交渉や裁判で争いとなるポイント(これを「争点」といいます。)には、大雑把に次のような項目があります。
・ご本人の損害額
入院雑費、休業損害、入通院慰謝料、ご家族の入通院付添費、後遺障害慰謝料、逸失利益、将来介護費用、将来治療費など各損害項目。
・過失割合
事故発生についてご本人に過失があるケースでは、過失割合が激しく争われることも珍しくありません。
・後遺障害等級
特に裁判では、後遺障害等級そのものが争いとなるケースがあります。これは、自賠責損害調査事務所が認定した後遺障害等級に不服のある被害者側が、より高い等級を求める場合もあれば、加害者側が、より低い等級を求める場合もあります。
こうして見ると、弁護士は、自賠責保険金や労災保険金の請求(後遺障害等級申請を含めて)、加害者側に対する損害賠償請求、障害年金の申請など、賠償・補償・公的給付を受けるための各種手続において、その力を強く発揮することができると言えます。
=弁護士コラム「弁護士費用特約の普及」=
「弁護士費用特約」とは、正式には「弁護士費用等補償特約 」と呼ばれ、交通事故などで弁護士に依頼することになったときに、限度額(通常300万円)までは、保険会社が弁護士費用を負担してくれる内容の保険特約のことです。
交通事故の任意保険や傷害保険に特約として付加することができ、ご本人だけでなく同居しているご家族が加入している弁護士費用特約も利用することができる場合もあります。
2000年10月に我が国で販売がスタートした弁護士費用保険は、損保会社や共済組合に普及し、2018年の販売件数は2800万件を超えたそうです。
交通事故案件を担当する弁護士としても、近年、「弁護士費用特約を使って依頼したい」というお客様が増えてきている印象です。
弁護士費用特約が普及する以前は、弁護士費用は被害者が自腹で負担するため、怪我のない比較的軽微な物損事故の案件などでは、弁護士に支払う弁護士費用を考慮すると、かえって被害者が最終的に受け取れる金額が下がってしまうというケースがありました。こうしたケースでは、被害者から依頼を受けても、「費用倒れになる可能性があります。」と説明して、依頼をお断りすることもありました。
これに対し、弁護士費用特約を使えるケースでは、「弁護士費用を支払った結果、費用倒れになる心配」はまずありませんので、依頼者は安心して弁護士に依頼することが可能となります。
また、ご本人が脳外傷による高次脳機能障害を負った案件で、損害賠償額が高額になるケースでは、弁護士費用も高額になることが多いため、弁護士費用特約を利用する経済的メリットも大きいと言えます。
弁護士費用特約の保険料は、年額2000円前後ですので、自動車保険に加入する際は、弁護士費用特約を付帯することを検討されてはいかがでしょうか。
7 どのくらいの賠償・補償を受けることができるのか?ー賠償・補償の金額ー
高次脳機能障害を負ったご本人の症状がどのくらい改善するのか、学校や職場に復帰できるのか、仕事に就いても長く続けられるのか、将来介護費用はどのくらいかかるのか、等々、将来に対するご家族の不安や心配は深刻です。
そのため、ご本人が、どのくらい賠償・補償を受けることができるのか、また、どの程度の公的給付・サービスを受けることができるのか、については高い関心をお持ちのことと察します。
これについては、ご本人が負った高次脳機能障害の後遺障害等級、ご本人の年齢、収入、事故に対する過失割合、要介護の程度など様々な要因によって決まりますので、一律の基準を示すことは困難です。
ただし、加害者側に対する損害賠償請求について、一般論としていえば、任意保険会社が提示する示談(賠償)額の基準(保険会社基準 )よりも、裁判を起こしたときに裁判所が認定する基準(裁判所基準 )のほうが、高額となる ことが経験上多いため、我々弁護士は、解決まで時間がかかるというデメリットを考慮してもなお、示談解決ではなく、裁判解決を選択することも珍しくありません。
一方で、弁護士による粘り強い交渉と、保険会社の柔軟な対応の結果、裁判所基準にかなり近い金額で示談できるケースもあります。こうしたケースでは、早期解決を優先して、裁判ではなく、示談解決という選択をすることもあり得ます。
いずれせよ、誠実な弁護士が、依頼者であるご本人とご家族のご意向・ご希望を無視することはなく、依頼者が適切な判断ができるよう、十分な情報と見通しを伝えることを心掛けているはずです。
交通事故による高次脳機能障害に関する補償・賠償の場面では、一般的に、次のような項目が損害として認められます。以下、裁判の場面で認められる各損害項目を個別に解説します。
(1) 治療費
必要かつ相当な治療費全額が損害となります。
必要性又は相当性がないと、過剰診療又は高額診療として否定される場合があります。過剰診療とは、診療の医学的必要性や合理性が認められないものを言い、高額診療とは、診療の報酬額が一般的な水準に比して著しく高額なものを言います。
交通事故による高次脳機能障害のケースでは、過剰診療や高額診療が問題となることは多くないと思われますので、交通事故から症状固定までの治療費が損害として認められます。なお、加害者が任意保険に加入している場合には、任意保険会社が治療費を直接医療機関に支払ってくれます。
(2) 症状固定後(将来)の治療費
一般論としては、症状固定日までの治療費が損害となり、症状固定後の治療費は、ご本人の損害として請求することはできません。
もっとも、てんかん発作を抑えるために投薬治療が必要であったり、リハビリを継続しないと機能が低下して症状固定時よりも症状が重くなるためにリハビリの継続が必要となるケースなど、必要性と相当性が認められる場合には、症状固定後(将来)の治療費が損害として認められます。
必要性と相当性は、医師の意見書や診断書に基づいて立証します。
(3) 入通院付添費用
医師の指示、症状の程度、ご本人の年齢等により必要性が認められれば、入通院付添費が、ご本人の損害として認められます。
交通事故によって重篤な頭部外傷を負ったケースや、ご本人がお子さんのケースでは、ご家族がご本人の入院や通院に付き添うことが多くあります。
公益財団法人日弁連交通事故相談センターが発行している「交通事故損害賠償額算定基準ー実務運用と解説」(いわゆる「青本」)では、ご家族つまり近親者の付添費用は、入院付添で1日につき5,500円~7,000円、通院付添(幼児・老人・身体障害など必要がある場合)で1日につき3,000円~4,000円と説明されています。
完全看護体制をとっている医療機関に入院した場合、現実に毎日ご家族が付添看護に従事していたとしても、裁判の場面では、付添の必要性が認められないとして加害者側から争われることが多く、その結果、入院付添費用が制限されることがあります。
(4) 将来介護費用
医師の指示または症状の程度により必要があれば、ご本人の損害として認められます。
いわゆる「青本」では、
実際に支出されるであろう費用額に基づき相当額を認定する、近親者が付添を行う場合には、常時介護(つまり後遺障害等級1級)を要する場合で1日につき8,000円~9,000円を目安に算定を行う。
期間は原則として平均余命までの間とし、中間利息を控除する。
常時介護を必要としない場合(つまり後遺障害等級2級以下)には介護の必要性の程度、内容により減額されることがある。
と説明されています。
最新の第23回生命表における日本人の平均寿命は、男性81.56歳、女性87.71歳という統計であり、これを基に平均余命を算出します。
中間利息控除とは、損害賠償額の算定に当たり、将来の逸失利益や、将来介護費用などの出費を現在価値に換算するために、損害賠償算定の基準時から将来利益を得られたであろう時までの利息相当額(中間利息)を控除することを意味します。
例えば、1年後に支払わなければならない介護費用100万円を今、損害賠償として受け取ったとします。この100万円を運用すれば利息がつきます。1年後に介護費用100万円を支払っても利息分が手元に残る計算になるので、利息分だけ被害者が得する、そこで、この利息分を100万円から引いた額を損害としよう、という考え方です。
将来介護費用は、後遺障害等級1級から5級までのケースで認められることが多く、等級が高くなるほど介護費用も高額となります。
このため、将来介護費用は、示談交渉や裁判の場面において、しばしば大きな争点となります。
適正な将来介護費用を認めてもらうためには、ご本人の症状や介護体制、介護や見守りの状況を、具体的かつ詳細にまとめて、主張立証していく必要があります。
そこで、治療期間中やリハビリ期間中、ご本人の日常生活の様子や症状について、日頃からノートにメモするなどして記録化しておくことをお勧めします。
=弁護士コラム「中間利息控除について」=
交通事故によって後遺障害が残った場合、逸失利益と将来介護費用がご本人の損害として認められることがあります。
逸失利益とは、本来得られるべきであるにもかかわらず、交通事故で亡くなったり、後遺障害を負ったため就労が制限されることによって、得られなくなった利益という意味です。
将来介護費用とは、症状固定後平均余命までの間、ご本人の介護に要する費用です。
いずれも、症状固定時点では、具体的に発生しておらず、将来において発生するであろう利益や出費という点に特徴があります。
こうした将来において発生するであろう逸失利益と将来介護費用を損害として算定する際には、中間利息を控除するという運用がされています。
中間利息とは、損害賠償算定の基準時から将来利益を得られたであろう時までの利息相当額のことです。
何故、わざわざ中間利息を控除するのかと言うと、例えば、1年後に100万円の収入を得られたはずなのに、交通事故によって重度の後遺障害を負って働けなくなってしまった場合、1年後に得られたはずの100万円が逸失利益となります。
この100万円を丸々損害として認めると、被害者がこの100万円を運用することで利息を得られます。仮に年5万円の利息がつくと、1年後には105万円となります。
そうすると、1年後に得られたはずの逸失利益は本来100万円なのに、被害者は1年後に105万円を得ることになり、5万円分だけ得することになります。
そこで、1年後にぴったり100万円になるように、100万円から1年分の利息を差し引いた額を損害とするという考え方です。
実務では、損害から控除される中間利息は、利率年3%の複利方式で計算されています。この計算で行くと、1年後に得られたであろう100万円は、損害賠償算定の基準時における損害額としては、97万0873円となります。10年後に得られたであろう100万円の場合には、74万4093円となります。逆に言えば74万4093円を利率年3%の複利方式で計算すると10年後には100万円に増えるわけです。
2020年4月1日から施行された改正民法で、中間利息の控除が見直され、これまで一律年5%とされてきた利率が年3%に変わりました。その後は、銀行の短期貸付金の利率に連動して、3年毎に利率が変動することになりました。
利率年3%の中間利息控除は、2020年4月1日以降に発生した交通事故に適用されます。それより前に発生した交通事故については、従前の年5%の利率で中間利息を計算します。
(5) 入院雑費
1日につき1,500円が損害として認められます。
入院中は、食事用エプロン、パジャマ、洗面用具、通信費(電話、郵便等)、テレビ利用券代、おつむ代など細かな雑費がかかります。
こうした雑費も損害として請求することができますが、これらの領収証やレシートを保管して損害の資料とするのは大変なので、実務では、実費ではなく定額で入院雑費を計算します。
(6) 通院交通費
公共交通機関、自家用車を利用して通院した場合は、電車代、バス代、ガソリン代の実費が損害として認められます。タクシー代は、症状などによりタクシー利用が相当とされる場合にのみ損害として認められます。
(7) 装具・器具等購入費
義歯、義足、車椅子、コルセット、サポーターなど装具・器具等の購入費は、必要性があれば損害として認められます。品目毎に耐用年数があり、将来交換を要する装具・器具等は、将来の購入費も原則として認められます。
(8) 自宅・自動車改造費
ご本人の受傷の内容、後遺障害の内容・程度を具体的に検討し、必要性があれば、損害として認められます。
自宅改造費は特に高額となることが多く、通常、加害者側(任意保険会社)も激しく争ってきますし、裁判所も簡単には損害として認めてくれません。そこで、改造の必要性と工事費用の相当性を丁寧に主張立証していく必要があります。
(9) 成年後見申立費用
ご本人が高次脳機能障害を負ったために、成年後見人や保佐人をつけた場合、後見開始申立てに要した費用や将来分を含めた後見人報酬など、必要かつ相当な範囲で損害として認められます。
(10) 休業損害
交通事故による怪我よって仕事を休まなければならなくなった場合、事故前の収入を基礎として現実に収入が下がった部分を、休業損害として請求することができます。
したがって、怪我をして通院を余儀なくされても、仕事を休まなかった場合や、仕事を休んでも収入が下がらなかった場合には、休業損害は認められません。
また、事故当時、無職だった方も、原則として休業損害は認められません。もっとも、就職活動中や就職先の内定が決まっていた場合には、無職であっても、休業損害が認められることがあります。
ご本人が主婦など家事従事者であるときは、賃金センサスの賃金額を基礎収入として、怪我のために家事労働ができなかった期間について、休業損害が認められます。
自営業者や中小企業の経営者の場合、前年度の確定申告書に記載された収入が休業損害を算定するための基礎収入となります。節税のために収入を少な目に申告しているケースでは、実際よりも低い金額しか休業損害として認められない場合があります。
=弁護士コラム「主婦の休業損害」=
家事に従事している専業主婦が、交通事故で怪我をして、家事ができなくなった場合、休業損害は発生するのでしょうか。
家政婦と違い、主婦は家事労働によって収入を得ているわけではありませんので、家事労働ができなくなったとしても、休業損害は発生しないという考えもあります。
しかしながら、家事労働によって現実に収入を得ていなくても、その家事労働を金銭的に評価することは可能であり、したがって、家事労働ができなくなった分に応じて、主婦・主夫(つまり家事従事者)の休業損害は発生すると考えるのが、現在の実務の運用です。
では、専業主婦の家事労働を一体いくらで金銭的に評価するのでしょうか。
ここで用いられるのが「賃金センサス」です。
「賃金センサス」とは、厚生労働省が昭和23年より毎年実施している「賃金構造基本統計調査」の結果であり、労働者の職種、性別、年齢及び学歴等ごとに、その平均収入をまとめたものです。
主婦の家事労働は、金銭的には、「賃金センサス」における女性労働者の平均賃金と評価されています。「賃金センサス」の平均賃金は毎年変動しますが、例えば、令和2年の女性労働者の平均賃金は、年収381万9200円(1日当たり1万0463円)でした。
この例でいくと、1か月間家事労働ができなかった場合の休業損害の金額は、31万8266円(381万9200円÷12か月)と計算されます。
では、専業主婦ではなく、兼業主婦の場合はどうでしょうか。
家事に従事しつつも、パートや正社員として働いて収入を得ている方も多くいますが、そういう方が交通事故で怪我をして働けなくなった場合、女性労働者の平均賃金と実収入のいずれか高い方を基礎収入として、休業損害を計算します。
家事をこなしながら仕事もしている兼業主婦が、交通事故で怪我をして家事も仕事もできなくなったのであれば、家事労働分と実収入の合計を基礎収入として、休業損害を計算するのが合理的だと思うのですが、実務や裁判所の考え方はそうではないのです。
(11) 逸失利益
逸失利益とは、本来得られるべきであるにもかかわらず、交通事故で死亡したり、後遺障害を負ったため就労が制限されることによって、得られなくなった利益のことを言います。逸失利益の算定は、後遺障害による労働能力の低下の程度・期間、収入の変化、将来の昇進・転職・失業等の不利益の可能性、日常生活上の不便等を考慮して行います。
例えば、事故前の年収が450万円だった方が、交通事故による高機能機能障害を負い、40歳で症状固定となり、後遺障害等級第3級3号「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することのできないもの」に認定された場合の逸失利益の算定は、一般的に、次のとおりとなります。
<算定式>
450万円×16.4436(就労可能年数27年の中間利息控除係数3%)×100%(労働能力喪失率)=7399万6200円
交通事故損害賠償の実務上、原則として67歳まで就労可能とされます。労働能力喪失率は、後遺障害等級や後遺障害の部位・程度、事故前後の稼働状況などから決まりますが、3級の場合には100%とされることが多いと思われます。また、中間利息控除の考え方は、こちら をご覧ください。
=弁護士コラム「「逸失利益の定期払い」=
交通事故の逸失利益の賠償方法については、実務上、一括払いが一般的でした。ところが、最高裁令和2年7月9日判決は、月1回の定期払いを認めました。
被害者は、事故当時4歳で、事故により脳挫傷、びまん性軸索損傷等の傷害を負い、その後,高次脳機能障害の後遺障害が残り、後遺障害等級3級3号に認定されました。
最高裁は、「不法行為に基づく損害賠償制度は、被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し、加害者にこれを賠償させることにより、被害者が被った不利益を補填して、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものであり、また、損害の公平な分担を図ることをその理念とする」との一般論を示した上で、「交通事故の被害者が事故に起因する後遺障害による逸失利益について定期金による賠償を求めている場合において、上記目的及び理念に照らして相当と認められるときは、同逸失利益は、定期金による賠償の対象となる」との基準を示しました。
そして、被害者は、事故当時4歳の幼児で、高次脳機能障害という後遺障害のため労働能力を全部喪失したというのであり、逸失利益は将来の長期間にわたり逐次現実化するものであるから、逸失利益を定期金による賠償の対象とすることは、上記の損害賠償制度の目的及び理念に照らして相当と認められる、と結論づけました。
さらに、逸失利益の定期払いが認められる場合に、その終期はいつまでか、という問題が出てきます。
ここについて、最高裁は、続けて、67歳という就労可能期間の終期より前に、被害者が死亡したからといって、交通事故の時点でその死亡の原因となる具体的事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、就労可能期間の終期が被害者の死亡時となるものではないと判断しました。
つまり、被害者が67歳より前に亡くなっても、逸失利益の定期金賠償は、特段の事情のない限り、67歳となる時期まで続く、と判断したのです。
では、一時金と定期金は、どちらが被害者に有利となるのでしょうか。
上記最高裁の事案では、定期金の場合、被害者は、約50年間、毎月約35万円、総額約2億円以上を受け取ることになりました。一方、一時金で受け取る場合、利率年5%の複利方式で、中間利息が控除 されるため、単純計算で7割も目減りすることになります。これは非常に大きな差といえます。
そうすると、定期金賠償のほうが被害者に有利ではないか、と言われると、必ずしもそうとは限りません。
定期金賠償は、保険会社が被害者の生活状況や症状を、定期的に確認し続けることになり、症状が改善した場合には、定期金による賠償を命じた確定判決の変更を求める訴えを提起することができます。訴えが認められると、毎月の賠償額が減額されることになります。また、加害者や保険会社の財務状況が悪化した場合に、定期金の支払いがストップするというリスクもあります。
最高裁判決によって、逸失利益の賠償方法について被害者の選択肢が増えましたが、このように定期金賠償にはデメリットやリスクもありますので、一時金賠償とどちらを選択するかは、慎重な判断が必要となります。
(12) 入通院慰謝料
事故後の入院日数及び症状固定までの通院の期間・日数に応じて、入通院慰謝料がご本人の損害として認められます。
入通院慰謝料は、後遺障害が残らなくても、認められます。
(13) 後遺障害慰謝料
後遺障害等級1級から14級に応じて、後遺障害慰謝料が損害として認められます。
裁判所が認める後遺障害慰謝料のおおよその目安は次のとおりです。
<後遺障害慰謝料の目安>
1級 2800万円
2級 2370万円
3級 1990万円
5級 1400万円
7級 1000万円
9級 690万円
(14) 近親者固有の慰謝料
高次脳機能障害が後遺障害等級1級~3級となった場合、ご本人の後遺障害慰謝料とは別に、近親者固有の慰謝料が損害として認められます。近親者とは、父母、配偶者及び子です。また、ご本人と同居して介護に従事している場合には、兄弟姉妹も近親者として固有の慰謝料が認められる場合があります。
(15) 弁護士費用
被害者が裁判を弁護士に依頼した場合、裁判所が加害者側に支払いを命じた金額(認容額)の1割程度が、損害として認められます。示談交渉の段階で、任意保険会社が弁護士費用を損害として認めることはほとんどありません。
例えば、被害者の損害額が1000万円、自賠責保険や任意保険会社からすでに200万円が支払済みの場合、裁判所が加害者側に支払いを命じる金額(認容額)は、800万円となります。その場合、その1割程度に相当する約80万円が、弁護士費用として損害に加算されることになります。
8 家族は何をすべきか?ー家族にできることー
これまで記事に書いてきたことと重複するところもありますが、交通事故で高次脳機能障害を負ったご本人のために、ご家族に何ができるかを、弁護士の立場から、まとめます。
(1) ご本人の治療・リハビリの支援・寄り添い
治療・リハビリの効果については、別のところ で説明しました。
早期の医学的リハビリ開始が高次脳機能障害の回復・改善に大きな効果があるとされていますが、根気強いリハビリの継続が必要です。そのためには、ご家族の症状に対する理解と支援 が欠かせません。
また、ご本人が粘り強くリハビリを続けるためには、症状に対するご本人の自覚(認識) が必要とも言われています。
しかしながら、ご本人が事故によって高次脳機能障害を負った現実を受け容れるためには時間がかかることがあります。ご本人の心を傷つけずに、この自覚(認識)を促すことは容易ではないので、ご家族にとっても大きな負担を感じるときは、家族会や支援団体 に相談されることをお勧めします。
(2) 公的給付(行政サービス)に関する情報収集と手続
医療機関でご本人が高次脳機能障害の診断を受けると、ご本人の症状の内容や程度に応じて、様々な公的支援や行政的サービスを受けることができます。
これらの公的給付(行政サービス)の内容はこちら をご覧ください。
公的支援やサービスの内容や手続についての情報を集めるためには、医療機関のソーシャルワーカー、弁護士、家族会や支援団体に相談するのも良いと思います。
(3) 事故時の証拠の保全
証拠は時間の経過とともに散逸するおそれがあります。そこで、早い段階から、例えば、
事故当時の現場の写真や動画を撮影しておく。
受傷時のご本人の意識障害の様子をメや動画モに残しておく。
事故車両や自転車などの壊れた部位を写真に撮影しておく。
など証拠を保全しておくと、後々の後遺障害等級申請や裁判のときに役に立ちます。
(4) ご本人の生活状況や症状についての記録
症状固定後の自賠責保険、労災保険、障害年金に対する後遺障害等級申請や加害者側への損害賠償請求という観点からは、治療期間中やリハビリ期間中、ご本人の日常生活の様子や症状について、日頃からノートにメモするなどして記録化しておくことをお勧めします。
記録の取り方はこちら をご覧ください。
9 当事務所の実績・弁護士費用について
(1) 弁護士の探し方
弁護士の活動領域は非常に広く、一般の民事、企業法務、渉外、家事、相続、刑事、労働、知的財産など多方面にわたります。
弁護士の得意分野は様々ですので、交通事故案件、特に脳外傷による高次脳機能障害に詳しい弁護士に依頼するほうが良いでしょう。
知り合いに弁護士がいれば、高次脳機能障害に詳しい弁護士がいないか、聞いてみることをお勧めします。
知っている弁護士がいないときは、インターネットで探す方法もありますが、支援団体や家族会に紹介してもらうこともできると思います。
(2) 当事務所について
ここまで、記事をお読みいただき、ありがとうございました。この記事が、ご本人とご家族の皆様のお役に少しでも立てば幸いです。
最後に、当事務所への相談を希望される方のために、当事務所の特色をご説明します。
実績豊富
全国対応
弁護士費用
依頼前に弁護士費用をお見積もり
1)実績豊富
私は、弁護士として札幌で20年以上にわたり、自賠責保険の後遺障害等級認定申請、加害者(任意保険会社)との示談交渉、裁判、障害補償年金の審査申立てなど、交通事故による高次脳機能障害の案件を多数担当してきました。
2019年7月には、高次脳機能障害について週刊プレイボーイから取材を受けました。
週プレNEWS「交通事故で人格まで変わってしまう『高次脳機能障害』をめぐる非情な現実」
以下、当事務所の解決事例のごく一部をご紹介します。
被害者の属性・事故の態様
事故当時、小学生だった被害者は、学校の体育館で鬼ごっこをして遊んでいたところを、同級生に体当たりされて、床に頭をぶつけ、側頭骨骨折、硬膜外血腫の傷害を負いました。
依頼までの経緯
脳外傷による高次脳機能障害が認められても、学校事故であるため、学校側の安全配慮義務違反が認められなければ、損害賠償請求はできません。交通事故とは大きく異なります。そこで、まずは独立行政法人日本スポーツ振興センターの災害共済給付制度を利用して後遺障害申請をして障害見舞金を請求することとし、学校への責任追及はその結果を見てから検討することにしました。
当事務所の対応と結果
受傷直後の意識障害の有無・程度は医療機関の診療録と母親の証言で立証し、MRIの画像所見は主治医の診断書で立証しました。受傷後のご本人の症状や生活状況をご家族から詳しく聴取して報告書にまとめました。後遺障害申請をした結果、高次脳機能障害は第5級2号「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの」に認定され、障害見舞金1820万円が支給されました。
被害者の属性・事故の態様
事故当時、30代の被害者が自転車を運転中に自動車に衝突され、右硬膜外及び硬膜下血腫術後、頭蓋底骨折、髄液漏、顔面骨骨折等の傷害を負いました。
依頼までの経緯
医療機関に長期間入院しながらリハビリを続けているときに相談があり、自賠責保険の後遺障害等級認定申請から依頼を受けました。
当事務所の対応と結果
主治医が高次脳機能障害に詳しくなかったため、弁護士が主治医と面談して、神経心理学的検査の実施を依頼し、後遺障害診断書に詳しく検査結果を記載してもらいました。
併せて、病室でのご本人の様子やリハビリの状況を詳細にまとめて、申請をした結果、高次脳機能障害は第2級1号に認定されました。
その後、裁判で争い、ご本人の損害、親族の慰謝料を合わせて1億8600万円で和解し、自賠責保険金も合わせると2億1600万円の補償額となりました.
当事務所の対応と結果(その2)
一方で、被害者ご本人が申請した障害補償年金が後遺障害等級7級との認定であったため、不服申立ての依頼を受けて、当事務所が審査請求(異議申立て)をしました。
その結果、異議申立てが認められ、高次脳機能障害は後遺障害等級7級から2級に変更されました。
被害者の属性・事故の態様
事故当時、50代の被害者は道路を横断中、自動車に衝突され、びまん性軸索損傷、遷延性意識障害、下顎骨骨折、歯牙欠損等の傷害を負いました。
依頼までの経緯
医療機関に長期間入院しながらリハビリを続けているときに相談があり、自賠責保険の後遺障害等級認定申請から依頼を受けました。
当事務所の対応と結果
リハビリ期間中や退院後のご本人の様子や状態をご家族に詳しくメモしていただき、これをもとにご本人の症状や生活状況、ご家族の介護の状況について詳細な報告書を作成し申請した結果、高次脳機能障害は第2級1号に認定されました。
その後、裁判で争い、自賠責保険金、和解金、人身傷害補償保険を合わせて合計1億4000万円の補償を受けました。
被害者の属性・事故の態様
事故当時、小学生の被害者が家族の車に同乗中に衝突事故に遭い、脳振盪の傷害を負いました。
依頼までの経緯
事故後、車を怖がるなどの症状が続き、PTSDの診断で症状固定となりましたが、記憶力の低下、遂行機能障害、抑うつ、イライラ感などの症状もあったとのことで、その後に別の医師によって高次脳機能障害の診断がされました。
その頃にご家族から相談があり、自賠責保険の後遺障害等級認定申請から依頼を受けました。
当事務所の対応と結果
高次脳機能障害については、事故後の意識障害がなく、画像所見もないとの理由で後遺障害等級「非該当」の結果であり、PTSDについても、改善する見込みがあるとの理由で、「非該当」との認定結果でした。
自賠責保険に異議申立てをしても、結論は変わらないだろうと判断し、異議申立てではなく、裁判で争うことにしました。
その結果、PTSDが後遺障害として認められ、後遺障害等級12級を前提にした和解が成立しました。
=弁護士コラム「札幌高裁平成18年5月26日判決」=
高次脳機能障害の案件を担当する弁護士の間では、有名な裁判例があります。
札幌高等裁判所平成18年5月26日判決(判例時報1956号92頁)は、CT・MRIでの画像所見が認められず、受傷時の意識障害も認められなかったケースでしたが、「高次脳機能障害の場合、……、損傷を受けた軸索の数が少ないようなときには、慢性期に至っても外見上の所見では確認できないが、脳機能障害をもたらすびまん性軸索損傷が発生することもあるとされ、このような場合は、神経心理学的な検査による評価に、PETによる脳循環代謝等の測定結果を併せて、びまん性軸索損傷の有無を判定していく必要がある」と判断し、後遺障害等級「非該当」という自賠責保険と裁判所第1審の認定を覆し、高次脳機能障害を3級3号に認定しました。
私は、私のボス弁の村松弘康弁護士と共に被害者の代理人として、この裁判を担当しました。
残念ながら、その後の裁判例は、自賠責保険の認定基準である意識障害とCT・MRIでの画像所見を重視し、意識障害も画像所見も認められないケースでは、脳外傷による高次脳機能障害を否定する傾向にあり、これが現在の裁判実務で固まってしまいました。
この被害者の案件は、自賠責保険の認定基準からすれば、明らかに脳外傷による高次脳機能障害とは認められないケースでしたが、裁判所がPETの有用性を認めた画期的な判決として全国的に注目を集めました。
2)全国対応
交通事故による高次脳機能障害の案件は、全国対応 しています。
道外にお住まいの方からのご相談や打ち合わせは、インターネットのビデオ通話システム(Zoom・FaceTime・LINE)を利用して行います。
お客様のお使いのパソコンやネット環境に応じて、一番手間のかからないシステムを選んで、ビデオ通話を行います。パソコンやネットに詳しくない方でも、すぐにご利用できますので、お気軽にご相談ください。
以下、簡単にそれぞれのシステムを説明します。
また、必要に応じて、弁護士が出張して、直接ご本人・ご家族と面談させていただく場合や裁判に出廷する場合がございますが、出張費用(旅費・宿泊費・日当)は特にかかりません 。
3)弁護士費用
交通事故(脳外傷)による高次脳機能障害の案件に関する弁護士費用のご説明はこちらをご覧ください。
4)正式にご依頼する前に弁護士費用をお見積もり
弁護士費用が一体いくらかかるのか心配 で、弁護士に依頼しにくい という声をよく聞きます。
そこで、当事務所では、正式にご依頼を受ける前に、弁護士費用の見積もりをお示し しています。
本ページをご覧になって、当事務所に相談したいとお考えの方は、遠慮なくお気軽に お電話ください。
10 高次脳機能障害の裁判例・研究
交通事故(脳外傷)による高次脳機能障害に関する新しい裁判例や研究を随時紹介します。
記事が増えるとページが長くなってしまうので、新しい裁判例や研究は、別のページで紹介していきます。
「高次脳機能障害の裁判例・研究」のページ
11 診断書式・必要書類ーダウンロード可能ー
自賠責保険の後遺障害等級申請手続などの各種手続に必要な診断書の書式や必要書類をダウンロードできます。
1)自賠責保険
・自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書 書式ダウンロード(PDF)
後遺障害等級申請に必要な診断書(A3サイズ)です。交通事故による高次脳機能障害の症状、検査結果や増悪・緩解の見通しなどを、主治医に詳細に記入していただきましょう。
・頭部外傷後の意識障害についての所見 書式ダウンロード(PDF)
自賠責保険の認定実務では、初診した医療機関に、この書式(A4サイズ)を使用して照会を行います。自賠責保険において脳外傷による高次脳機能障害が後遺障害として認められるためには、受傷後に意識障害があったことが必要ですので、非常に重要な資料となります。
・神経系統の障害に関する医学的所見 書式ダウンロード(PDF)
後遺障害等級申請に必要な書類(A3サイズ)です。申請後に提出することも可能です。主治医に画像所見や神経心理学的検査などを記入してもらいます。主治医は、医療機関という限られた場所と時間でしかご本人と接しませんので、必ずしもご本人の身の回りの動作能力、症状の内容や程度、日常生活に与える影響などを正確に把握しているとは限りません。そこで、ご家族や弁護士が整理した上で主治医に報告する必要があります。
・日常生活状況報告 書式ダウンロード(PDF)
後遺障害等級申請に必要な書類(A3サイズ裏表)です。申請後に提出することも可能です。ご本人と同居しているご家族が作成します。この「日常生活状況報告」と、主治医の意見書である「神経系統の障害に関する医学的意見」の記載内容に食い違いがあると、内容の信用性が低下するおそれがあります。
そのため、あらかじめご家族が作成した「日常生活状況報告」を主治医に参考資料としてお渡しした上で、主治医に意見書を作成してもらうなどの工夫をして、ご家族の「日常生活状況報告」と、主治医の「神経系統の障害に関する医学的所見」の内容に食い違いが生じないよう注意が必要です。
2)労災保険
・障害補償給付支給請求書(様式第10号) 書式ダウンロード(PDF)
・診断書(障害補償給付請求用)(様式第10号用) 書式ダウンロード(PDF)
・障害補償給付支給請求書(様式第16号の7) 書式ダウンロード(PDF)
・診断書(障害補償給付請求用)(様式第16号の7用) 書式ダウンロード(PDF)
診断書を添付して障害補償給付支給請求書を、所轄の労働基準監督署に提出します。なお、様式第10号は「業務災害用」、様式第16号の7は「通勤災害用」の書式です。
3)障害年金
・国民年金厚生年金保険診断書(精神の障害用) 書式ダウンロード(PDF)
・記入上の注意(精神の障害用) 書式ダウンロード(PDF)
・記載要領(精神の障害用) 書式ダウンロード(PDF)
診断書の作成を医師に依頼する前に必ず年金事務所にご相談ください。診断書(A3サイズ又はA4サイズ表裏)は、障害基礎年金・障害厚生年金で共通の書式です。